2017年02月18日

「アクアウィッシュ」を採用いただきました

株式会社服部モータース(滋賀BMW正規ディーラー)様にて「アクアウィッシュ」を、ユーズドカーの除菌・消臭剤としてご採用いただきました。


「アクアウィッシュ」は、業種を問わず、様々な場面で衛生管理をバックアップします。食品工場、介護施設、ホテル、レストラン、学習塾、ペットホテル、ハウスクリーニング業、フィットネスジム、中古車販売業、レンタカー事業など、様々な場所で活躍します。



アクアウィッシュは、化学反応により臭いそのものにアプローチし、悪臭の根源である雑菌の細胞膜を破壊し、原因菌自体を分解し、除菌処理してしまう「生物的な消臭」ができます。より効果的な除菌・消臭対策が行えます。



ペットを飼っていらっしゃるご家庭にも好評です。


是非、お試しください。


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2017年02月15日

長時間労働は上司のマネジメント能力不足

長時間労働による過労死の問題は、時間ばかり着目されているが、これは木を見て森を見ずだ。なぜ長時間労働をしなければならないのか、根本的原因に目が向いていない。


集団で決められた同じ目標を達成するのは、日本の労働において美学だと言われている。しかし、これが間違いの原因かも知れない。


労働集約型による生産は、大量生産するには好都合であるが、反面、組織内独自のルールや政治倫理に左右されやすい。


私にも経験はあるが、自分の仕事が終り先に帰る時に上司の顔色を伺なければならない。悪いこともしていないのに申し訳なさそうにだ。


生産性の高い労働の結果、早く帰るのだから堂々と帰ればいい。しかし、会社に長時間居座り続けるのが会社に対する忠誠心の表れだと、上司が確信しているからそれに抵抗できなかった。


サラリーマンである以上、人事評価基準はこの上司にあるから、評価を落としたくないという思いが頭をよぎる。


そして「何かお手伝いしましょうか」と、心にもない言葉を言わざるを得ない状況となる。まさしく面従腹背とはこのことだ。


以前いた会社で、上司が言った言葉は忘れない。


「我々は、労働力を提供してその対価を得るのだ」「従って、会社に対する忠誠心は絶対である」と。


本気で言っているのか?


これは、一労働力しか提供できず、資本家に搾取されることを認めたプロレタリアートの考え方にすぎない。体制に歯向かうことすら忘れた、まるで羊飼いに飼いならされた羊の群れのようである。


当然、私はこの言葉に抵抗を覚えた。


偉そうに言うその上司は、会社に長時間いるて何をしているのかすら分からなかった。


こんな人が上司だと、同調圧力に屈する人間ばかり増え生産性が低下する。やることがないなら早く帰ればいい。


早く会社から帰る人は悪人。


この馬鹿馬鹿しい考え方がある限り解決しない。


AIが人間の仕事を奪う世界において、この古臭い経営者や上司の考えを捨てなければ、いくら規制強化しても問題は解決しない。


上司のマネジメント能力が低いと部下も苦労する始末。


長くなるのでこの辺りでやめておく。


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2017年02月11日

自国民の利益になる旦那様になろう

落語「百年目」の大旦那さんは、道楽を覚えた大番頭を呼んでこんな説諭をする。


「一軒の主を旦那と言うが、その訳をご存じか」?


「いいえ」。


「それは、五天竺の中の南天竺に栴檀(せんだん)と言う立派な木があり、その下にナンエン草という汚い草が沢山茂っていた。


ある人がナンエン草を取ってしまうと、栴檀が枯れてしまった。後で調べると栴檀はナンエン草を肥やしにして、ナンエン草は栴檀の露で育っていた事が分かった。


栴檀が育つとナンエン草も育った。栴檀の”ダン”とナンエン草の”ナン”を取って”ダンナン”。それが”旦那”になった。」と言う。



旦那とは、もとは古代インドの仏教用語「ダーナパティ」が語源で、この言葉は後に西洋にも伝わり「マダム」の語源となったとも言われている。


また「旦那」は「檀那」とも言われ、その意味はお布施をする人。日本では「施主」とか「檀家」とかいう意味で、寺に金銭などを寄進するありがたい人が「檀那」である。


落語の「旦那」はこじつけだろうが、これは現代で言う、トリクルダウンをしろと諭しているのだろう。


現代はグローバル化と称し従業員に厳しく接し、時には生活や命まで脅かし、露をおろすことすらしない旦那さん(経営者)の多いこと。


「南縁草が枯れても、栴檀は栄える」とでも思っているのかい。


人間一人が生活する上において消費できる量は決まっている。それでもなお、必要以上に確保しようとする強欲さ。


本当の意味において、「旦那」と呼ばれるにふさわしい人は少ないのかも知れない。


グローバリストとは、いわば「根無し草」である。自国に根を下ろし、自国民のために働ける「旦那」でいたいものである。


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2017年02月03日

池井戸潤氏の「七つの会議」を読んで

組織内における調整や合意は、社内ポジションや政治力によって決定される場合は多い。いくら自分では理不尽な命令や方針だと思っていても、組織の中でその声は届きにくい。せいぜい仕事が終わった後に、上司や会社に対して憎まれ口を叩くのが関の山である。それも、相手に聞こえない安全地帯で。面と向かって言う勇気すらない。


そしていつの間にか抵抗する力も失せ組織の色に染まり、やがて没個性化していく。組織の規模が大きくなるほどその傾向は強く、不正や法律違反が横行するのもその圧力に屈した個人が固まったためであり、当然責任の所在が不明確となる。だが、その社内文学はひとたび外部に出てしまうと、まったく通用しないものである。


組織とは?会社とは?正義とは?


様々な角度から多くの気づきを与えられた一冊である。


この本の中で、衝撃的な一文があったのでご紹介しよう。父の会社の跡継ぎを探す中で、妹が兄に発した言葉である。


「ひとつ聞いてもいい?お兄ちゃん、なんのために働いてるん?いまの会社で定年まで働いて、それがお兄ちゃんにとって、どんな意味があるのん?本当にそれでええの?」


自分が、「どうでもいいものに縛られていないか」「誰のために生きているのか」それらを冷静に考えさせてくれるいい機会になる。人生愚痴や文句を言っても始まらない。常時そんな言葉を発していると、心の底に澱のように溜まり、つまらない人生を送ることになる。是非お読みいただきたい。


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2017年02月02日

花咲かじんさんの中に答えあり

あるメルマガに商売で成功する考え方として、その答えは民話「花咲かじいさん」の中にあると書いてあった。


むかしむかし、ある山里に、やさしいおじいさんとおばあさんがおりました。ある日、おじいさんが家の前で小さな畑をたがやしていますと、となりのらんぼうないじわるじいさんのどなる声がしました。 「こら!人の畑に入りよって!」きゃんきゃん、きゃん。走ってきたこいぬをおじいさんがだきあげると、となりのじいさんが追いかけてきて言いました。「そのこいぬは、おらの畑をあらしよったんじゃ。こっちへよこせ!」 (続く)


要するに、強欲で意地悪だと成功しないということだろう。

これは、何につけても言えることかも知れない。

自分の商品やサービスは、「本当に自分が欲しいものなのか」「これで世間はよくなるのか」といつも自問自答していたいものである。

もし、そう考えられないのであれば、それは必要とされていない商品やサービスであるから一日も早く改めるべきだろう。

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