2018年10月30日

ビジネスの醍醐味は結果が残せるかどうか

私が創業のお手伝いをした新会社の業績が絶好調です。


来年の4月まで仕事が受注できており、売り上げ予測も満足いくものになりそうです。


新会社の「company policy」をご紹介します。


我々〇〇〇は、全てのお墓に関する悩みや問題は解決できると信じています。そして、それを解決する努力をするために我々〇〇〇が誕生しました。我々がご提案するサービスは、皆様に喜びを実感していただけるものであると確信しております。皆様と喜びを分かち合い、次世代と社会の期待に応え、皆様の想いを形にできるようにいたします。



ビジネスの醍醐味は、自分の力がどの程度社会に通用するかです。



自分がプランニングしたサービスを実践し、それが社会で受け入れられるかどうかを試すことになります。



サービスが受け入れられなければ撤退もあり得ます。今のところ結果が出ていますから、どうやらやり方が間違いではなかったようです。



来年早々から超多忙になります。いまから来年が待ち遠しいです。


posted by ヨッシー at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月26日

全ては心の在り方に左右される

日本人の間において、お金儲けの話はタブーであることは多い。勿論、お金儲けが目的化してはいけない。だが、お金がなければ何もできないことが分かっているのに、自分も沢山稼ぎたいのに、それを無視してなかったように振る舞う。


「お金なんて」「金持ちは汚い」「悪いことしているに決まっている」とお決まりのフレーズが耳に入る。


「俺はこの前かなりのお金が儲かった」「ところで、お前はいくら儲けた」と相手が得た金銭の多寡を競う話はあまり聞かない。もしあったとしても、閉鎖された環境の中でしか会話されない。


しかし、「儲けた」と堂々と言えるくらいが丁度いいのではないか。社会にとって雇用の創出になり、多くの納税をしてもらえるからありがたい存在である。


確かに相手が儲けた金額を聞く方側は居たたまれなくなる。しかし、それによって自分の刺激になると思い、そこまで努力した相手を寧ろ褒め称えたい。


腹の中では、「畜生」「この野郎」「俺より儲けやがって」と心中穏やかでいられないのは分からないでもないが、それをバネにして今よりも多く得られるよう、自分も努力すればいいだけである。


もし超えられないと自覚したなら、潔く認め相手に対して敬意を払おう。


それすらできず相手を誹謗中傷するのは、卑しい人のする行為である。


自分のプライド保持や心のバランスを保とうとするからに他ならず、他者が人々より抜きん出ることに対する嫌悪感の表れである。日本人特有のムラ意識が強いからでもあろう。



ところで、一体どのような基準により、お金儲けが悪と判断されるのだろう。それは、個々の判断に委ねられる非常に曖昧な基準ではないのだろうか。


サル山のボスに例えるなら、稼ぐ奴はボス猿である。それに従うメス猿は、生存欲求を満たしたいがためボス猿に従う。


なぜ従うのかと言えば、ボス猿は日々の生活で得るもの(食料)が多く、明日の生活の心配がいらないからといわれている。


市民猿、奴隷猿の部類は生活の保障ができないため、いつまで経ってもメス猿にモテない。


これは人間も同じで、「あんな風体のヤツになんで美人が側にいる」「俺の方が見た目がいいのに」とこちらが思っていても、相手がボス猿気質も持っているからかなわない。


では女性のモテるためには、どうすればいいのだろう。人も猿と同じく、生存欲求を満たしてやることではないだろうか。生存欲求を満たすのと同時に、関係欲求を満たすことができれば万全である。


それを満たすための方法は、工業化された現代社会では森に入って食料を調達する訳にはいかないので、沢山のお金を稼ぐことであろう。


「愛があればお金なんて」「あなたさえいてくれればいい」と中にはそう言う人もいるだろうが、果たして生存欲求が満たされていない環境でそれが言えるのだろうか。


どんなに奇麗事を言っても、所詮人も猿と同じで、生存欲求が満たされなければ満足できないのである。


毎年行われているチャリティイベント「〇は〇〇を救う」も、結局は募金という形で沢山のお金を集金するシステムである。


そこで、沢山のお金を集め分配することで、人々の生存欲求が満たされる結果となる。形は違えど、それがお金をたくさん得ることが悪ではない証だろう。



最後に、


例えば、背は低く、顔だちも悪く、言葉遣いも大柄で、決していい人だと思えない男がいるとする。


恐らくその男を人が見た途端、「冴えないやヤツだ」「近づきたくない」「俺の方が上だ」などの感情が湧くことだろう。


しかしその男が「年商〇,〇〇〇億円」「〇秒間〇億円稼ぐ」男だったとしたら、それを聞いた瞬間にその人が人格者となる。


「すごいですね〜」「どうやって儲けたのですか」「是非、秘密を教えてください」など、相手を崇め奉る言葉に困らないほど、褒めちぎろうとする。


でも、目前に存在する相手は同じで、聞く以前と何ら変わりはない。相変わらず、背は低く、顔だちも悪く、言葉遣いも大柄である。


それでも今までと違って見えてしまうのは何故か。


「お金儲けをしている人が目前にいる」と思い勝手に判断してしまう、心の在り方の問題だろう。


どうやら人々が価値判断する要素の一つとして、稼ぐ力であることは間違いないようである。そして、それは受け止める人の心に左右される。


同じモノの価値が比較する対象や基準により心の中で変化するなど不実でしかなく、真実といわれるものは何処にもないといえないか。身の回りにあるモノや現象を思い出して考えれば、それは明らかである。


そして人々は、在るようで無いないものに日々振り回されているのである。


posted by ヨッシー at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | お金

2018年10月21日

お墓参りの苦労

本日は、お墓参りに行ってきました。母方の親族の墓になります。記憶は曖昧ですけど、3年振りに行ったでしょうか。


久しぶりにお墓参りした理由は、母方の兄弟も高齢になり、お墓参りもままならない状態になっているのと、これから始める「お墓の引越し」事業のヒントにならないかと思ったからです。


高齢になると体力も衰えるため、急斜面や車で行けない墓地へ参るには億劫になりがちです。それもそのはずで、現地に行けば明らかです。

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実際に現地を確認してきましたが、かなりの急斜面にあり、ここを上り下りするとなると、お墓参りも億劫になりますね。


人間だれしも高齢になれば体力・気力も落ちてきます。これは致し方なく、そのため先祖供養が億劫になるのも頷けます。


更に、「すでに代々のお墓を祀ってあるが、自分の代をもって祭祀を相続承継する者が絶える」「自分のお墓は建立したいが、将来お墓を守ってくれる者がいない」など、日本が人口減少社会突入したことによる問題もあります。


こうなると、いよいよ絶縁供養を行うことが現実味を帯びてきており、時代背景により相続継承すること自体を見直す必要に迫られてきているようです。


皆さまお困りの様です。


そこで、お墓を相続継承する方がいなければ、その問題を我々が解決すればいいのです。本日お墓参りをして多くのヒントをいただきました。


ご先祖様に感謝いたします。


「お墓の引越し」事業の、ご縁をいただいたことに。


posted by ヨッシー at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | お墓の引越し

2018年10月17日

お墓の引越しとは?

お墓の引越しとは…


お墓を引越しするとは、今あるお墓の墓石を撤去して墓地を更地に戻し、納められていた遺骨を取り出して他の供養方法をとることをいいます。


その方法として、新たなお墓へ遺骨の移転、永代供養塔など合祀施設へ納骨、散骨、手元供養などがあります。


また、お引越しは「改葬」とも呼ばれており、最近、一般的な言葉として馴染みつつあり、移転する人も増加傾向にあるようです。


そこにある問題として、日本が人口減少社会に入ったからです。その影響でお墓を引き継ぐ人は少なくなってきており、また、先祖供養に対する考え方やライフスタイルの変化によるものも大きいようです。


しかし、お墓を移転するにもそう簡単にいきません。受け入れ先の確保や手続き、工事業者の選定など、初めての方は戸惑うことも多いでしょう。


弊社がコンサルティングしているところは、全て兼ね備えており、引越しを検討中の方々へ問題解決のお手伝いをいたします。


受け入れ先の工事も順調に進んでおり、お客様の地域や生活に合わせて引越しのお手伝いをいたします。お気軽にご相談ください。


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posted by ヨッシー at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | お墓の引越し

2018年10月07日

お墓の引越し

いよいよ日本も人口減少社会へ突入しました。


人口が減少するということは、生産人口が減り経済規模も縮小します。でも、縮小する、成長しないと嘆いてばかりいても始まりませんから、次の手を考えることに集中しましょう。


んな社会情勢の中、新会社に参画して始めた事業は「お墓の引越し」です。

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もちろんこの事業は、受け入れ先(宗教法人)、施工業者(石工事)、器(管理会社)。この三つが揃わなと叶いません。


それが7月下旬より順調に話が進み、現実のものとなったのです。


頭の中にあった構想を現実のものにするのですから、いろいろ苦労はありました。


これを実現できたのは、緊急ではない重要課題に時間を費やした結果だと自負しております。


恐らく人は皆、自分にとって重要なことは分かっていると思うのです。それなのに差が出るのは、緊急ではない重要課題に日々の時間を費やしているか否かの違いだけでしょう。


無論、そこへ時間を費やしているからとはいえ、直ぐに差は現れません。しかし、継続していれば数年で大きなリターンとなって現れるようです。


大きなリターンを得たいのであれば、日々のルーティンに忙殺されている毎日ではいけない訳です。


時間は命です。時間を費やすことは、命を削るのと同じです。


同じ命を削るのなら、緊急ではない重要課題に目を向けたいものです。


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posted by ヨッシー at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | お墓の引越し