2018年05月04日

セルフレジにて・・・

彦根市内の、某ホームセンターへ買い物に行きました。このお店もセルフレジが導入されており、レジ待ち行列のストレスから解放され助かっています。


ところがセルフレジがあるにも関わらず、有人レジには長い行列が発生していました。セルフレジが空いているからこちらを使えばいいのにと思いつつ、私が精算を済ませようとしていると、行列の後ろにいた客がしびれを切らしたのか、わざわざセルフレジの方まで来て「時間がないので、もう一か所の有人レジを使えるようにしろ!」スタッフに向かって言う始末。


そこで私は、「えっ!?そんなに時間がないならセルフレジで精算すればいいのに」「わざわざここまで来ていうことか」と腹の中で文句を言っておりました。


恐らく有人レジに並んでいる人たちは、新しい物事に対する強い拒否反応があるのでしょう。


支払いもカードを使えばキャッシュレスで、面倒なつり銭の受け取りもなくストレスフリーなのに、時間が勿体ないですね。


時間は人生そのものです。その時間を無駄にすることは、命を粗末に扱うのと同じです。


それに気づいた人は、どんどん高効率化の流れに乗り充実した人生を送ります。反対に気づかない若しくは拒否反応を示す人は、流れに乗り遅れ生産性が悪いまままの人生を過ごします。


要するに変化を嫌うということは、「自分はこのままでいい」「変わりたくない」「失敗したくない」という意思の表れなのです。変わりたくないというならそれで構いませんが、とにかく失敗してもいいから経験してみることです。


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2018年04月19日

誰が拾ったのか?

小社事務所裏の公園を散歩していたら、ベンチの上にこんなものを発見しました。


ライターです。

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誰が拾って並べたのか分かりませんが、何かのメッセージでしょうか。


しかし、琵琶湖のごみも凄いことになっています。


台風の時は特にそうですが、強風により浜辺に打ち上げられるのです。そのゴミの量も相当のものです。


結局誰かが捨てるからでしょうが、平気でごみを捨てられる人の神経を疑います。


流れ着いたゴミを見て、島崎藤村が執筆した詩「椰子の実」を思い浮かべました。


名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ
 故郷(ふるさと)の岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月

旧(もと)の木は生(お)いや茂れる 枝はなお影をやなせる
 我もまた渚を枕 孤身(ひとりみ)の 浮寝の旅ぞ

実をとりて胸にあつれば 新たなり流離の憂
 海の日の沈むを見れば 激(たぎ)り落つ異郷の涙

思いやる八重の汐々 いずれの日にか故国(くに)に帰らん



琵琶湖岸に流れ着いたのはゴミでした。


詩の様に、ロマンチックなものではありませんね。


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2018年04月14日

矛盾だらけの世界

良いことと悪いことについて、人は何を基準にそう判断するのだろう。


例えばボクシング。

人を殴ることは悪いことと言い聞かされているけど、リングの上で殴り合い、血まみれになり、時には死亡事故さえ起こることさえあるスポーツだ。でも、決まられたルールの中で行うスポーツだからそれが許される。


例えば死刑。

罪を犯した人が法律の下に罰せられ、命を絶たれる。その人が犯した罪に対し人が人を罰する。

人を殺してはいけないといわれているのに。


例えば戦争。

国同士や政治的派閥同士のぶつかり合いで、武器を用いて相手の持つ全てを否定し破壊し奪い合う。戦争にも「戦時国際法」というルールがあり、ルールから逸脱さえしなければ何でもありだ。


例えば人間の経済活動。

「物をぞんざいに扱うのは悪いこと。物を大切にしましょう」といいつつ、テレビやネットでは毎日洪水のように新商品が紹介されている。まだまだ使える物でも、今までの物を陳腐化し購入させる。物を大切にしてしまうと物が売れなくなり、資本主義社会が成り立たないからそうしている。


これらを考えると、人が「悪い」と決めたことは、定められたルールの中だけで悪いと判断してる訳だ。


だが、「盗みはいけない」「暴力はいけない」「人を殺めてはいけない」「物を粗末に扱うな」といいつつ、決められた基準の中ではこれらが認められてしまう。


そう考えると、善悪なんてものは、それぞれの判断基準でどうにでも変化するということになる。


そこには、絶対的基準など存在せず、人が自分たちに都合よく使い分けているだけのこと。


人は矛盾だらけの世界で生きている。


私の親や先生達の教育もそうだった。


「これはいけません」「こうしなさい」などと、何が正しいのか分からないまま、大人たちはおうむ返しのように言うだけだった。


「一生懸命に勉強して汗水たらして真面目に働けば、きっと幸せになれる」といわれ続けていることも、大人になってから決して真実ではないことが分かる。


これが真実なら、皆が幸せになっているはずだ。残念だけど、幸せを感じれらない人は大勢いる。世間を見渡せば明らかだ。


さらに反対の見方をすれば、幸せでない人は真面目に働いていないことになるが、それも違うようだ。


人間はそのような不確かなものを頼りに生きている。


不確かさがあるからこそ、様々な考えや意見があるのだろう。


ただ残念なことに、我々はこの不確かで矛盾に満ちた世界で生きることしかできないのである。


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2018年04月09日

取り扱い車両のご紹介

この度立ち上げた、中古車販売とリース事業の販売車両を一部ご紹介いたします。

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フォルクスワーゲンビートル。初年度登録は平成19年3月です。走行距離は56,000km。

先日試乗しましたが、なかなかご機嫌な車です。許せるものなら、自家用車にしたいくらいです。

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ミニクーパー。初年度登録平成15年11月です。

走行距離は111,000km。この車もまだまだ現役です。やはりミニクーパーはこのサイズでないと。今のはサイズが大きすぎて私の好みではありません。

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RX8。年度登録は平成17年3月です。

走行距離は83,000km。ロータリーエンジンに対する根強いファンがいる車です。少々気難しいところはありますが、付き合えば付き合うほど、こいつの良さが分かるでしょう。


以上、3台ご紹介いたしました。全て現状渡しになります。
また、表示価格以外に車検整備費用、法定諸費用などが必要です。購入価格の詳細につきましては、お気軽にお問合せくださいませ。

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2018年04月05日

人の世の儚さよ

あんなにきれいだった桜も、散る時期を迎えると儚くもあり無残なものとなる。


そして、「奇麗だ」「美しい」と皆が褒めていた桜の木々も、花びらが散ってしまえば見向きもされない。


何事もなかったように。


こうして毎年同じことが繰り返される。


川面に浮かぶ桜の花びらを見て、様々な想いを巡らせた。


ここで短歌を一首。


春の日に 散りゆく花を 見るときに 我が人生の 儚さを知る

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