2019年03月21日

小規模事業者がやってはいけないこと

小規模事業者は小規模事業者なりのアプローチ方法があり、大手企業のような方法をとってはいけないことは学びました。我々のような小規模事業者(弱者)がやってはいけないことをまとめます。

     大手事業者        小規模事業者
      薄利多売       小ロットで高価
     大々的な宣伝       口コミと評判
    ターゲット戦略      独自の方法
    想定顧客を見据える     顧客が合わせる
    マニュアル化        臨機応変
    イメージ戦略     イメージより存在意義
 不特定手数にアプローチ   特定ファンの嗜好

弱者が大手の真似をしても勝てるはずはなく、弱者なりの戦略が必要となります。


例えば宣伝活動。大手は全国ネットの放送でコマーシャルをします。毎日、毎日、繰り返し、繰り返し、同じ内容で宣伝します。そうすると人は、対象物に対しての印象が良くなっていきます。


これは、ザイオンス効果いって、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱した、別名「単純接触効果」とも呼ばれている心理効果のこと。文字通り、何度も繰り返して接触することにより、好感度や評価等が高まっていくという効果です。


これには大きな資本力が必要なため、弱者には無理です。弱者が大手の真似をしても勝てません。


SASが発達して小規模事業者でも情報発信しやすくなっていますが、同じことを大手もやっています。大々的な広告宣伝とSASの発信。この両方をやられたら勝ち目はありません。


皆さまご存知のランチェスター戦略では、弱者が勝つための第一法則があります。

これは、

@奇襲の原則(ランチェスター第一法則が適用する一騎討ち戦、局地戦、接近戦といったゲリラ戦で戦う)
A武器の原則(武器効率を兵力比以上に高める)
B集中の原則(局所優勢となるよう兵力を集中し、各個撃破する)

です。


そこでは、限られた資源を有効活用するために、地域戦略(自社商圏でナンバーワンになる)や営業戦略(定めた標的に対してどのように攻撃をしていくのか)があります。成熟した市場で、新規参入してどのように成長していくのか?が課題となります。


こうして書くと奇麗に聞こえますが、それは泥臭く、汗臭い戦術が必要となります。小規模なら特にそうです。


その小規模事業者が一番やってはいけないのは、不特定多数へのアプローチです。これは私の経験から言うと、とても疲れます。肉体的、精神的に参るのです。


何故かと言うと、不特定多数へのアプローチは、誰でも相手にするということであり、どんな人でも接触しなければなりません。どんな人にでもアプローチできるのは、販売機会が増えていいように思えますが、中にはお行儀の悪い方もいらっしゃいます。


横柄な態度で言葉は乱暴。少しでも気に入らないことがあると怒鳴り散らすような人に遭遇する可能性が高まります。こういう人たちは、携帯電話ショップや大手外食チェーン店に行くと見かけることが多いですね。これは「誰でも来ていいよ」と意思表示し、不特定多数の人を相手にしているから仕方ありません。


いやな客はお引取り願いたのに、そうはいきません。大手は品質維持のために業務をマニュアル化していますから、この人たちへの対応もマニュアル通り行われます。「帰れ!このヤロウ!」とマニュアルにないようなことは決して言えません。腹の中では「このクズ!」と思っていてもです。大手は企業イメージがありますからね。


でも、小さな商店主ならこのような対応をしなくてもいいでしょう。こんな客がきたら「とっとと帰れバカヤロー」「二度と来るな!」と言えますよね。そんな商店主はマニュアル通りに相手する必要はなく客をこちらから選べる自由度があり、気に入ってくれた人だけを相手にしていればいいのです。


訪問してくれる人達全てがこちらの都合のいいように対応してくれるとは限りませんから、不特定多数を相手にすることは弊害が大きいのです。


相手にとってはもちろんですが、自分にとっての利益をもたらしてくれる人が客です。文句ばかり言う人はお客ではありませんからね。


弱者は弱者の闘い方がある。これを考えておかないと失敗します。


それと最後に、「いいモノを作ったから売れる」の呪縛にかかってはいけません。「いいモノだと思わせる」ように売らないといけないのです。


この視点で毎日コマーシャルを見ていると、いいモノに思わせていることに気付きます。

posted by ヨッシー at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月17日

いくら生産性向上を叫んでいても、印書制度を改めないとね。

日本の印章制度と文化は、そろそろ合理化した方がいいと思うのです。全て見直せとは言いませんが、会社内で見直すべきところは多いのではないでしょうか。


今でもこんな稟議書を使っている会社はあるのでしょうね。



印鑑を押印する箇所が12カ所もあります。すごい!一体この書類に何人が携わるのでしょう。


決済に至るプロセスはこうだと考えます。


書類作成→プリントアウト→印鑑を用意→印鑑を押す→次の人へ回覧する→次の人が確認する→印鑑を用意→印鑑を押す→次の人へ回覧する→次の人が・・・ えーい、めんどくさい!!


おまけに上級職者のところで「あーでもない」「こーでもない」と注文でもつけられたら、決済に時間がかかってしまいます。


腹の中で「この野郎!」と毒づきたくなり、ひょっとして、藁人形をこしらえて五寸釘を打ちたい気持ちになるのではないですか?おのずと憎悪が高まります。


稟議書のためだけに文書を作り、何度も手渡ししている段階でアウト。もし、管理部門が離れていたら稟議書をFAXで送ることもあるでしょう。冷静に考えると、どれだけ無駄な作業をしているのでしょう。


これで「生産性を上げろ!」だなんて笑えますよね。印鑑といってもシャチハタを押すだけでしょ。これ自体、なんら生産性のない業務です。


こんな儀式をいつまでもやっていないで、早く電子化してくださいね。


「電子化してどれだけ利するか」これを考えればいいのです。


電子化してトップでダイレクト決済すれば、確認する立場にある上級職者も必要ないかも。いなくなれば無駄な時間が省け、レスポンスが良くなります。


決済書類が途中で止まらないし、余計なバイアスがかからないから決済に至るまでの風通しが良くなる。更に、ふんぞり返って座っているだけの椅子と机もいらなくなり、オフィス内の風通しも良くなります。


もしかして、今でも〇〇部長や〇〇課長に毎朝お茶を出しています?「私はお茶くみではない」「お茶くらい自分で淹れてよ」と思いつつ淹れていませんか?


大丈夫です。電子化を加速させれば上級職者の居場所はありません。そうなれば机と椅子が無くなりますから、毎朝の無駄なルーティンワークを廃止することができます。

posted by ヨッシー at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月14日

お金がないと何も始まらない

斎藤一人さんの名言です。 
    IMG_2950.JPG
正しくその通りです。「お金がない」というのは、手に入れたいモノはあるけど、手に入れるために必要なだけのお金が不足している状況にあるといえます。過去に私もお金がない状況にありましたから、よく理解できます。


お金があると愛する人を助けることはできますし、他にもいろいろといい面があります。私なりに、それについて考えてみました。


欲しいモノが買える
これはいうまでもありません。経済的余裕があれば、あまり商品単価を気にせず購入できます。受けようとするサービスも、単価を気にせず頻繁に受けられます。仕事面は有料で有益な情報を得ることができ、さらに効率よく稼ぐことができます。食事面は素材のいいモノを入手することにより健康管理に役立ちます。最終的に仕事のパフォーマンスが上がり、さらに収入が増えていきます。

選択肢が増える
出張や旅行の交通手段、外食、美容室、エステなど経済的余裕があれば、より上質なものを選べます。高付加価値のモノは高価格ですから商品の信頼性は担保できており、一定の安心が見込めます。そして、高価格のモノを選べる人は低価格のモノも選べ、選択できる範囲が広がります。反面、経済的余裕がないと高価格のモノは選択できませんから、自分の経済力に見合った低価格のモノを選択するしかありません。選択できる範囲が狭いのは、人生経験の範囲も限られてしまいます。

生活にゆとりが生まれる
人が生活する上において、一人が一日当たりに消費できる量は限られてきます。どんなに経済力があっても、一般的に1日5食も6食も食べられませんから、おのずと食費はどこかで頭打ちになります。また、洋服も一人一着しか着れず、車も同時に2台は乗れません。そうなると質を上がることになります。使うモノの質が上がることにより生活の質が向上し、心豊かになります。中には、車を複数台持つ人もいますが・・・。

トラブルに巻き込まれ難い
生活レベルが上がると、自然に行く場所が変わります。例えば買い物です。余裕があるため高級食材やブランドの洋服があるお店へ行けます。そこにいる客層は、そこにいるにふさわしい人々です。例外はあるでしょうけど、上品な方が多い傾向にあり、俗悪な方を殆ど見かけなくなる。トラブルが発生しやすいのは、低価格品を扱うお店や場所に大勢の人々が集まる時です。いろいろな人がいますから行列ができていたりすると、カオスな状態になっています。

発生したトラブルを解決しやすい
もし、トラブルが発生した場合でも金銭的に解決できます。世の中は金銭で解決できることが多いですからね。世間では、交通事故、ケガ、離婚など問題を解決する際、解決手段としてお金が用いられるのは、補償する手段として便利だからです。これに代わるモノはないでしょう。しかし、お金がないと解決できるものもできなくなります。自己破産するにもお金がないと取り合ってもらえません。その点では、経済力があれば困難な問題に直面しても、問題解決が容易になります。

人助けができる
「人々は日々何に困っているのだろうか?」と冷静に見つめた時、お金に絡むことが多いと思えるのです。仕事、人間関係、生活、男女関係・・・。そこでもし困っている人がいたなら、金銭面に余裕があれば援助することができます。「力になる」「助けてやる」という力強い言葉も必要ですが、それだけでは不十分です。言葉をかけると同時に金銭面の援助をする。この援助は強力です。どんなに非力で見た目の良くない人でも、金銭面で援助することができればそれは力となり、やがて羨望の眼差しへと変わります。


「お金、お金というな!」とお叱りを受けそうですが、お金がないと人生に多くの制約が生まれます。お金が全てでありませんが、お金がないと何も始まらないのも事実です。お金はとても便利な道具です。お金を正しく使えれば、人を救い、世の中に貢献できます。


しかし反面、この道具は人を殺め、人生を狂わせ奈落の底に落とすこともあります。


十分に稼げないと、パートナーや仲間同士で諍いも生じます。

諍いが生じた結果、心が貧しくなります。

貧しくなった心では、人に優しくできません。

人に優しくできないから、責任の所在を他人に求めようとする。

そうすると、他人に対し攻撃的な性格になる。

攻撃的な人に人助けをする余裕などまったくない。

余裕がないから、新たな諍いに巻き込まれる。

この繰り返しになる。

人を助けないから、自分も困る。こうしてどんどん悪い方向へ進んでいきます。


最後になりますが、お金と聞くと「汚い!」と反応することは、お金の本質を分かっていないのではないでしょうか。


物々交換にの時代にタイムスリップしたとしましょう。あなたは魚で、私は肉を持っています。これの間に同じ価値があるとするなら、互いに交換は成立します。


魚を取るには、なかなか捕まえることができず長い時間が必要だったかもしれません。肉を得るためには、危険を伴ったかも知れません。しかし、互いの価値が見合うならそれは対等です。なんら後ろめたく思う必要はありません。互いに必要なモノを必要なタイミングで提供できたのですから、堂々と交換すればいいのです。


お金だってそうです。モノやサービスを提供して得る対価がお金です。相手にとって必要だ、相手にとって価値があると判断したからこそ支払うのです。


こう考えるとお金が汚いなんて、いえないと思います。


お金はストックできて流動性も高く、こんな便利なモノはありません。どんな道具だって使い方次第です。


必ず生活の中にお金は密着しています。自分でお金がうまく使えるようになるまで、失敗と経験が必要でしょうか。


いずれにせよ、たくさん稼いで潔く使いましょう!使い方が分からない方は、私が伝授いたしますよ。

posted by ヨッシー at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月11日

世の中には本音と建て前があるのは当然だけど・・・

人は誰しも本音と建て前を使い分けています。


企業経営にもこれはあり、表向きはコンプライアンス順守と叫びながら、裏側ではこっそりと不正行為に手を染めている。その不正行為が日常化するとそれを不正と思わなくなり、標準化してしまっている。これで一定の利益が見込めるとなると元に戻すことができなくなり、大きな問題に発展するまで止まりません。


テクニックの一つとして、グレーゾーンのところを最大限活用するのはありでしょうが、やりすぎると問題が発覚した時は企業生命に関わります。不正が存在しているのは、メディアで報道されているとおりで、どこでも表と裏の顔があるのです。


人も同じことがいえると思われます。表の顔では夢や希望を語り、一方裏の顔では誰かに執拗に執着し誹謗中傷する。普段から人への感謝と充実している私の発信で素晴らしい人間性を見せてくださる人が、時に相手の人間性まで否定し自分の優位性をアピールし相手を陥れようとする。


確かに体裁を繕い表の顔ばかりでは生きていけません。本当の自分を偽ってばかりいる生き方は疲れます。


日本は本音と建て前を使い分ける文化が染みついていますから尚更です。


では、突然裏の顔が見えた時はどうするのか?


常日頃から、皆がそういう一面を持っていると考えていればいいのです。そうすれば裏側の顔を見ても落胆せずに済みますから。


さすがに本音と建て前のギャップが大きすぎるとがっかりしますけど。でも、これが人間です。


どうせ付き合うなら、なるべく裏と表のギャップが少ない人と付き合いたいものです。

posted by ヨッシー at 09:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月03日

なりたい自分を明確にイメージできていないから現状維持を選択するのだろう

ホメオスタシスとは、生体が外部の環境の変化に対して内部環境を一定の状態に保とうとする性質で、生命維持機能のことだそうです。このホメオスタシスが人の意識や行動を形成する上で、最も重要な働きをしているといわれています。


生態学的ホメオスタシスは、生物群の社会的・生態的関係が安定していることをさし、動物の行動様式が一定であるのは行動学的あるいは心理学的ホメオスタシスというもの。


ネット上で調べると、「暑くなったら、体は勝手に汗をかいて体温調整をする」これがホメオスタシスの働き。意識していないけれど、このホメオスタシスの働きによって、体は勝手に状態を安定させるように働いてくれます。


私たちの体は、ケガをすれば傷口をふさごうとし、菌やウィルスが体内に入ってきたらそれを排除しようとします。走って体の酸素が不足すれば、呼吸を荒くして多くの酸素を取り入れようとします。これらも全てホメオスタシスの働きによるもの。 この機能が無意識化で働いてくれているからこそ、私たちは生きていけるのです。しかし、そんなホメオスタシスが私たちにとって邪魔な存在になることがあるといいます。


それは、何か変化を起こそうとする時。


ホメオスタシスは、状態を保とうとする機能、つまり変化に対抗する機能であるから、どうしてもそこで対立が起こってしまう。人が変化しようとした時に変われないのは、現状を維持するホメオスタシスが働くことで心理的抵抗が生じ、ホメオスタシスがコンフォート・ゾーンに引き戻している結果なのです。※コンフォートゾーン(満足・安心・快適を得られる心の領域)


ダイエット、資格取得、禁煙など現状からの離脱が簡単にできないのも頷けます。ホメオスタシスは生命の維持に不可欠な性質であり、健康を維持する上で非常に重要な役割を果たしているから、コンフォートゾーンに戻そうとする力は強いといえます。


ホメオスタシスは、私達がより長く生きられるように、体が環境の変化を受けても、常に安定的な状態を維持しようと働いてくれます。それなら新たなことにチャレンジしても、挫折するのは仕方がないことかも知れません。


とはいえ、仕事上どうしても変化が必要になるとそうもいっていられません。現状のやり方が心地いいものだから変えようとしない心は、ホメオスタシスの働きですから理解できます。しかし、明らかに現状の生産性が悪いのを自分でも分かっているのに改善しないのは、会社にとって損失でしかありません。


現状維持を優先し変化を嫌う行動は、会社に対する背信行為ともいえます。会社組織の一員として働いている以上、個人的問題で済まされません。会社の利益を棄損する行動であるなら、会社として命令し従ってもらうしかないのです。会社は、あなた様の自由で居心地いい環境を提供する場ではありません。もちろん、働きやすい環境を提供するのは会社の務めですが、それは会社が期待する利益をもたらしてくれる前提で成立します。


しかし、どう説明しても理解してもらえず、利益が期待できない行動ばかりする人がいたらどうするか。私はプレイヤーを変えるしかないと思っています。ほら、スポーツだって選手交代がありますよね。スポーツゲーム中に当然のように行われています。それと同じように、場面ごとに人を変えるのも方法だと思います。


しかし、人材不足の中において簡単に交代はできません。その場合は、まず本人に言って聞かせることが必要なのでしょう。「どうしてやらなければならないのか」「何故必要なのか」を理解させて、それから小さくていいから目標を立てさせる。そして、その目標が達成できたら、次の小さな目標を立てさせ、またそれを達成するように仕向ける。これを繰り返していくしかないようです。


ネット上で調べてみると、こうして少しずつコンフォートゾーンを広げていき、その状態が心地いいと思えるまで変えていくとあります。どんな問題でもそうですが、これには時間と労力が必要です。人材不足の折、キーマンをいかに効率よく働くせることができるかが課題ですね。


私なりにコンフォートゾーンを変える概念をまとめてみました。conceptual diagram


最後に「従業員に経営者感覚で仕事をして欲しい」といわれますが、あれ違うと思います。どうしてかといいますと、従業員は経営者ほど報酬を得ていません。それに、決済権も大きくなく自ずと行動できる範囲も決まっています。それにもし経営者感覚を持っている人なら、あなた様の会社にいませんよ。


経営者に感情移入できるほどの人材なら、経営者として独立している可能性が高いからです。

続きを読む
posted by ヨッシー at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年02月23日

トラブル対処のスキルは身についたものの・・・

社会階層とは、社会を重層的に構成する個々の層をいいます。現実の社会には資源保有の不平等が存在し、社会にある資源の分配が不平等になる構造が社会階層を生み出します。


一概に言えませんがその社会階層の中にある一つの層に属する人々が、時に理解に苦しむ行動を起こしてくれます。これは、私が実際に身をもって体験したことです。


@約束を守らない
社会人として決めたことを決められたとおりに実行できない。お互いに決めたことなのに平気で約束を破ります。こちらは時間をつくっているにも関わらず平気です。

時間とは命です。これは、私の命を奪ったにも等しい行為なのです。こう考えれば、めったに約束を破ることはできないはずです。守れない約束なら最初から約束しないことです。

保護者が必要な年齢でもないでしょうから、きちんと自己管理してくださいね。


A連絡をしてこない
@の約束に伴うものですが、面談の日程変更や支払いが遅れても連絡をしてきません。待てど暮らせど連絡がこないので、痺れを切らしこちらから連絡します。すると、約束を守れなかった事情を説明してくれます。

まだ連絡が取れればいい方で、連絡すら取れない人もいます。何日も前からの約束を無視しないでください。もし都合が悪いなら連絡すればいいだけです。連絡すらできないほど、何に忙しいのでしょうか?自分で決めた約束です。守ってくださいね。


B言い訳が多い
約束を守れなかった、連絡ができなかったなどの理由を延々と述べてくれます。「時間がない」「ほかに用事があった」「仕事が忙しい」など、自分を正当化する理由を説明してくれます。しかし、こちらが納得できるような理由ではありません。きっと、嘘も紛れ込んでいるでしょう。もう少しマシな理由を考えてもらいたいものです。

どうやら自分のポジションを守ろうとしているようですが、それは違います。自分のポジションを守る前に、約束を守ることが先決ですね。


C物事の優先順位が違う
何が重要か?どの問題を先に解決すべきか?優先順位の付け方が違います。自分の快楽やプライベートを優先するようです。どうやら、私より自分の友達付き合いや趣味の方が大切みたいです。

どれも本腰を入れれば短期間で解決できる問題ですよ。未来永劫続く訳ではありませんから一定期間だけ問題解決に努力すればいいのに、問題を先延ばしする癖が抜けないのでしょうか。先延ばしすればするほど問題が大きくなりますよ。やらないのはきっと、本気で今の問題を解決する気持ちがないからでしょう。


Dギャンブルをしている
賭け事をする人は、一攫千金を狙っているのでしょうか。時間とお金の無駄以外のなにものでもないのに…。そんな余裕があるなら、こちらの支払に充てて欲しいです。もし稼ぎが少ないのなら、ギャンブルしている時間を費やすか、寝る間も惜しんで少しでも働いてくださいね。

会社の仕事があるからは言い訳にすぎません。夜間アルバイトをすれば、確実に収入は得られます。絶対にギャンブルより確率は高いです。収入を得るための仕組み作りができない人が、楽してお金儲けしようとするのは100年早いですよ。


E行動力がない
このままの状態ではいけないと本人は分かっているのでしょう。そこで私がアドバイスをすることもありました。しかし、それを実行しません。「わかっているのです」「やってみますと」言いますが、変化を求めていないので具体的行動に移しません。有言不実行でその場だけやり過ごします。

できない理由を述べさせれば右に出る者はいません。全く行動しなければ何も変わりません。思っているだけでは何も得られないのです。たった一つ、それも小さなことでいいですから、今と違うことをやりましょう。


F他人の責任にする
「あいつのせいで」「社会が悪い」など責任の所在を他人に押し付けようとします。今の自分が在るのは、今まで自分がしてきたことの積み重ねによる結果です。

気の毒にと思い働き先の紹介やアドバイスをしてみます。しかし、上手くいかなければこちらが恨まれてしまいます。こうなると、恐ろしくてアドバイスすらできません。

原因は誰にあるのか?なぜこうなったのか?それが分かっていないようです。寝る前に少しでいいから自分を客観的に見る時間を設け自問自答し、自分自身で解決してくださいね。もう人様の人生に口出しすることは、ヤメにしておきますから。


G借金を返さない
貸したお金をなかなか返してくれません。もちろん催促します。しかし、厄介なことに催促すると互いの立場が逆転します。不思議なもので、借りた方が強い態度になり、貸した方が下手にでなければならない状態に陥ることが多いように思います。

挙句の果て、返済の滞りや回収できないとなると人間関係を壊してしまいます。こうなると、借りた人はお金を得ましたが、確実に信用は失います。

実際に顧問弁護士に回収の依頼をしたこともあります。これは本来ならしなくてもいい手間です。この手間がとても面倒で、じりじりした気持ちでいると精神的負担になります。

お金の貸し借りは、借りた方から貸した方へ苦労の所在が移転するだけの行為です。最初から貸さない方がいいのかも知れませんね。

以上になります。


私も人に偉そうなこ言えた義理ではありませんが、これと正反対のことをやれば信用と仕事のスキルは高まるはずです。自己利益を優先しそればかり求めていると、いずれ信用をなくしてしまいますから。


今回の件で対処するスキルが身についたとはいえ、何人も相手をしていると流石に疲弊してしまいますね。


このような人々が増えれば、社会全体にとって大きな損失になるのではないか?と考えてしまいます。

posted by ヨッシー at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年02月19日

経済の潮目が変化した!?



不安なニュースがリリースされていますね。


今なにも経済に大きなダメージを与えている出来事はないのに、気持ちが悪いですね。不況の波が遠くから少しずつ近づいているのでしょうか。


最近流れが変わったと判断した企業は、体力のあるうちに人員削減や支店・工場統廃合を実施しているようです。


国は2025年までに5分野で「50万人超」の外国人労働者受け入れを目指すとしています。


しかし、今後不況の波が押し寄せ日本人失業者が増え人余りになった時に、日本人の雇用対策はどうなるのでしょうか。とても不安です。


最近、景気が後退局面に入ったように思えます。私が自動車販売業から撤退し身軽になったことは、正しかったような気がします。

posted by ヨッシー at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年02月16日

お金は妥協を好まない

「お金は妥協を好まない」

      IMG_2875.jpg  

正しくその通りで、お金は道具なので使ってこそ初めて生きてくるのもの。支払う時も請求する時も、素早く喜んで手離れを良くすることにより、循環してまた自分の手元に戻ってくるのである。


流れを止めてはいけない。


例えば、年収のうち幾らかを倹約に倹約を重ね1億円貯めたとする。もちろん、時間がかかる。これは単なる貯蓄で資産運用を行っている訳でないので、長い年月がかかるのは容易に想像できる。


しかし、これでは悲しい。


なぜなら、常に欲望に絶えなければならず、その間に出来たかもしれない体験や喜びを犠牲にしてしまう。辛抱だけの人生でいいのだろうか。


歳を重ねてからそのお金を使って楽しめばいいと思われるかもしれないが、若い時にしか楽しめないことは存在するのである。


さらに、恐らくそのような人は倹約に倹約を重ねて貯めたお金だから、いざ使う段階になると勿体なくて使えなくなるだろう。


所詮、お金は信用情報である。お金自体に価値があるのではなく、モノやサービスと交換ができるだけのものである。


もし、死ぬ間際に1億円分の紙幣を持っていたとしても、すぐ本人がモノやサービスと交換できない状態にあるなら、本人にとってただの紙切れである。


これでは幻想でしなかない。


お金の使い方には、浪費、消費、投資があり、これらどれにも当てはまらないのが保存という方法である。


保存という方法で保存したまま使う時期の判断を誤ると、本来道具として利用できる価値を棄損してしまう。


お金は適正な時期に利用し、運用してこそ価値を持つのである。


お金は自分の目的を達成するために必要な手段であり、手段であるはずのお金に執着してしまうのはいけない。


お金を一生懸命貯めても、それで得るものがお金自体しかないのは虚しい。

posted by ヨッシー at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年02月11日

自動車販売事業をやって経験したこと

残念だが、2月20日を以て自動車販売事業から撤退することになった。ここで私が自動車販売事業をやったことにより4つの怖さを学んだ。


後悔は未練が全くないとは言えないが、何故かしら今の気持ちはスッキリしているから不思議なものである。


この経験は何事にも代えがたいもので、経験という貴重な1ページを刻むことになった。それを書くことにする。


・赤字の怖さ

会社は利益があってこそ存続し、社会に価値を提供できる。いつまで経っても利益を確保できないとなると、それは市場からNOという答えを突き付けられている訳であるから、存在する意味はない。


それでも無理をして続けていると、取り返しのつかない事態になる。最低でも、自分や家族の生活まで脅かされるこのになることだけは避けないといけない。そうなる前にやめた方がマシで、諦めることも肝心である。


いざ撤退する時は、様々な雑音が耳に入るだろう。でも、世間体を気にしなくていい。自分は自分であるから、他人の意見など放っておけばいい。


「勿体ない」「もっとやればよかったのに」とさも心配したように装う言葉に気を付けるべきだ。他人の意見ほど無責任なものはなく、額面通り受け止めてはいけない。


所詮、他人は他人。相手がどのような状態に陥ろうと、自分の腹は痛まないのである。だから、無責任でいられる。優しい言葉だけなら何とでも言える。


そんな時はこう言ってやろう。「あと少しで成功しそうなのです」「私と一緒に夢を見ませんか?」「資金に困っています」「そこで、金銭的支援をお願いしたいのです」と。


それでもお金を出してくれるなら、それは本当に心配してくれているのである。しかし、そんな人はいない。近づくと自分の腹が痛むかもしれないから、いずれ距離を置かれるようになるだろう。


事業を行う上において「ダメだな」と考えるようになったら危険信号だと考え、潔く撤退することだ。自分が自分のことを一番理解している。潔く撤退することで、それが将来の利益に繋がる可能性があるからだ。


会社はキャッシュフローがあるうちは、赤字でもすぐ倒産しないが、赤字体質が固定化してしまうといつかは憂き目に遭う。


既に投下してしまった資金はサンクココストとして捉え、このまま事業を継続した場合に得られる利益と、撤退した後に投下できる資本から得られる利益を比較するのが合理的である。


・借金の怖さ

事業に投下する金額が多くなれば、自己資金だけで事業に必要な資金を賄うことができないため、金融機関から融資を受けることがある。だが、めでたく金融機関から融資を受けることが出来ても、返済しなければならない。


その返済の原資はどこらからでるのであろう。そう会社の利益からだ。


「赤字は怖い」に通じる問題だが、将来に渡り利益を出し続ける保証はどこにもない。赤字経営が続いた時、継続して借金返済ができるのか?赤字から黒字に転換する方法はあるのか?どのような戦略で立て直しを図るのか?などに頭を悩ませることになる。


こうした努力も虚しく会社のキャッシュが底を尽けば、会社の命は絶たれる。


ちなみに新規開店した飲食店が潰れるのも、キャッシュフローの行き詰まりによりものが多い。少なくとも、半年間は売り上げゼロでも持ちこたえるだけのキャッシュがあるのが理想である。


体力が落ちた会社に対する銀行の対応は冷たい。彼らは、貸付金が回収不能になる事態だけは避けたいので、リスクの大きいは選択しない。


ひとたび「この会社は危ないな」とレッテルを貼られれば、もう見向きもされない。


返済に行き詰まり、金利の高いところから借りると更に悲惨な目に遭う。金利分の利益を確保するのに、いくら売り得げなければならないか冷静に考えるべきである。


金融機関から借金をする予定がないならこの話は別であるが・・・。


・在庫の怖さ

商品在庫を持ち販売する事業の場合、販売するための商品を仕入れなければならない。豊富な品揃えも戦略として必要だろう。


なぜならば、購入希望者が店舗に来てお目当ての商品がなく、買いたくても買うものがないとなるとこれは販売機会ロスに繋がる。さらに、店の評判にも影響する。


かといって、売れ筋の商品だと思い選んび仕入れても、いつ売れるか分からない。注文販売もいいが、車両に瑕疵が発見されると苦情に繋がるリスクが高い。客の心理は微妙に変化するから読むのが難しい。


特に投下可能な資金に限りがあると、在庫を保有台数に限界が生じる。零細弱小企業がスケールメリットで勝負することはできず、潤沢に資金のある大手に勝てるはずもない。


そして、目算が外れ売れないと在庫として商品が残る。そうなと今度は、在庫を管理するコストが発生する。人件費、賃料、消耗品、水光熱費などがあり、さらには、日を追うごとに在庫商品の価値が棄損していく。


資産価値が目減りしてしまうと、当初予定していたプライスで販売できなくなる。こうなると在庫を現金化するため値下げして販売するしかなく、最終的に、二重三重のコストロスが発生することになる。


所謂、損切をする訳だ。これで会社は、確実に儲からなくなる。


・無知の怖さ

初めて行う事業であるから、知識のある人に任せなければならなかった。私の場合、自動車販売と住宅販売は絶対にやりたくない事業だった。しかし、誘いに身を任せ、ある人(コンサルタント?)を信じて自動車販売事業に参入してしまった。


私にとって、自動車販売に関しては何も分からない状態からのスタートだったが、私には事業に対する期待があったので、その人にいわれるがまま資金を投資した。どんどん口座からお金が出ていくが、しばらくは先行投資として諦めることにした。


しかし、いつまで経ってもお金が出ていくばかりで、少しも利益に繋がらない。今、冷静に考えてみると、これは当たり前だった。


出店した地域に自動車販売業は沢山ある。あり過ぎるくらいだ。大手も数社あり、新規参入の零細弱小企業に勝ち目のない市場だったのである。


大手との資本力の違いもあり商品力を強化して付加価値をつけることができず、結果的に差別化に繋げられなかった。付加価値を見い出しにくい事業を選択したのが敗因である。


そして、ここでは書けないが、その人を信用できない証拠が出てきた。事業半ばで事業継続すら怪しい雲行きになってきた。もちろん、人を信じなければ何事も始まらない。だが、信用できない証拠を突き付けられると事業を続けることはできない。結局、事業から退いてもらうことにした。


さらに、その頃に縁が出来た人たちとの付き合いも止め、距離を置くようにした。繋がりを持ったままだと、またどこかで負の要因が芽生えてしまうような気がして不安だったからである。


自動車販売事業に参入すると決断したのは、紛れもなくこの私。自分の判断ミスから派生した問題であり、自分の不甲斐なさと愚かさに猛省している。



しかし、人生悪いことばかりでない。この事業撤退の判断が功を奏し、プラスの要因が生まれることになる。


・時間が増えた

自動車販売事業は、自称コンサルタントのペースに従いながら進めており、自分のスケージュール管理が思うようにならなかった。


意味のない飲み会や人付き合い。計画性もなく突然指示される業務。自動車販売事業と全く関係ない人の縁。散らかった事務所の清掃と整理整頓など雑用も多く、時間配分が思うようにならなかった。そして、いよいよ本業に影響がでてくるようになった。


それらが彼に退いてもらってからというもの、全て一掃された。私の時間は自由になり、あんなに窮屈だった日々から一転、今は時間が増え、本業と新規事業に集中できている。時間に余裕があり考える時間が持てるのはありがたい。


日々の業務に忙殺され心配事が多いと、じっくり考える時間が持てない。そうなると、将来的にいい結果は生まれないと思う。やはり、じっくりと自分の頭で考える時間を持つことは必要だ。


・ストレスが無くなる

業務効率や利益を考えない相手と一緒に仕事をしていると、ストレスになる。特に大きかったのは事業資金の問題だった。


いつ投下が終了するとも知れない車の仕入れ代金と、それに付随する費用の心配は大きかった。予算オーバーしていても一向に仕入れが止まる気配がなく、先の見えない資金の投下は神経を消耗させた。


さらに、金銭トラブルと車が故障した時の対応や、営業活動だと称した食事会もあった。金銭トラブルは売掛金の回収方法に頭を悩ませ、車両トラブルは代車手配や今後の処置が私を煩わせる。


食事会はたいして親しくもない人と会い、お愛想笑いを浮かべながら、煙草の煙が漂う空気の悪い環境で夜遅くまで付き合わされるのは苦痛だった。


さすがにこれが頻繁に続くと、大きなストレスになる。


今回学習したのは、生活態度や習慣、金銭と時間感覚が全く合わない相手とは長続きしないことである。コミュニケーションを取り過ぎる相手のとの付き合いには疲弊してしまう。


今でも少々の残務整理はあるが、これら精神的苦痛が一挙になくなったのはなによりである。


・新たな事業へ投資できた

人、モノ、金、時間、情報の経営資源が確保でき、新たな事業へ投下することができた。勝算の高い事業に集中して投下することで収益を確保する。所謂、選択と集中である。


結果としてこれは私の判断はいまのところ正解であり、大きなダメージを受けた後なのでリスクは決して小さくはなかったが、ここで勇気を出してよかったなと思っている。


素晴らしい人に巡り合い、お互いの思いは同じで価値観も一致している。お互いに持つ経営資源を集約させ、SMALL M&Aという形で実現させた。


大きな市場で勝負するつもりはない。地域密着型の経営で十分に勝算はあるからだ。今の時代、事業拡大路線は大きなリスクになる。人口減少のフェーズに突入した時代に、マンパワーに頼るところの大きい事業は縮小を余儀なくされるだろうと考える。


小さな組織で利益を確保する。私にはこれで十分だ。



最後に

今回の自動車販売事業で感じたことは、どんなに努力してもダメな時はダメなのである。努力しても結果が伴わないことは多々あり、また、努力する方向を誤っていると、いつまで経っても報われない。


頭を使わないで、いつまでも執着していてはいけないのだと、身をもって体験できた。


事業を経営を共にするパートナーは、男女の関係に似ているのではないだろうか。


ある程度相手を理解し尊重しなければ長続きしない。束縛し過ぎてはいけない。干渉し過ぎてもいけない。無関心はいけない。信用し過ぎてもいけない。依存し過ぎてはいけない。自立ばかりもいけない。


しばらく付き合いを続けていると、相手のことが分かってくる。良いところも悪いところも見えてくる。どこかで齟齬が生じることもある。それでも良い部分が上回れば、長続きするだろう。しかし、どうしてもお互いに理解し合えないとなると、別れを考えなければならない。


別れは人生において日常茶飯事にあることだと割り切り、気持ちを楽にすればいい。生きているなら、人と別れなければならない日は必ず訪れるからである。


そこで自分が別れると決めたなら、キッパリ縁を切る。逆に相手から別れたいと切り出されたら、あっさり別れることである。


別れにより、お互いに新たな出会いのチャンスが訪れるからと割り切ろう。


いつまでもグダグダ言って、どんなに哀願しても離れた人の心は戻らない。そんなことをすれば怨恨を抱くだけになり、お互いにとって生産性が悪く、幸福感を味わえない。


自分が幸せでないのに相手を幸せにできるのかい?


確かに継続する努力は必要だが、時に潔く諦める勇気も必要である。泥沼に片足を踏み入れたなと感じたら、さっさと泥沼から足を抜くことだ。さもないと、深みにはまり取り返しのつかないことになる。


辛抱強さも大切だが、辛抱ばかりはお互いにとって不幸以外の何物でもない。一体誰のために生きているのか?と自問自答した時、おのずと答えが見えてくるのではないか。

posted by ヨッシー at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年02月07日

琵琶湖岸のプラスチックごみ

近年、海洋投棄ゴミが環境問題となっている。


海洋投棄ゴミの多いワースト国は、

1位 中国
2位 インドネシア
3位 フィリピン
4位 ベトナム
5位 スリランカ
6位 タイ・・・

と続く。


ワースト20位に入っている国の多くは急速に成長を続ける中間所得国で、それらの国は沿岸域に人口が集中しており、ごみの管理も不十分。インフラの整備もままならない国々が占めている。


海洋のみならず琵琶湖も、たくさんのプラスチックごみが漂着している。

  page.jpg

誠に残念なことであり、プラスチックごみが漂着するのは投棄する不届き者がいるか、管理が行き届いていないかのいずれかであろう。


環境リスクを低減するにはハザードを管理すればいいのだと考えると、飲食店で使うプラスチックストロー廃止の動きも違うような気がする。


一部の問題だけ切り取り、エコロジーだと宣言するなど似非エコロジーである。他の問題はどうするのだろうか?


「プラスチックが悪だ!」と声高に叫ぶあなた。冷静になって自分の身の回りを見渡してほしい。自分がどれほどプラスチック製品の恩恵にあずかっているのかを。


とはいえ人類にとって利便性の高いモノを作ってしまった以上、プラスチック製品のない時代に後戻り出来ない。作ってしまった以上、ハザードを十分に管理し自然環境に流出しないようにするのが重要だろう。


いずれにせよこのまま漂着ゴミを放置する訳にいかないので、処分しなければならないことになる。しかし、漂着ごみを回収し処分するにもコストがかかる。


こうなると処分する原資を確保するため、滋賀県に「琵琶湖環境保全県民税」なる制度が設けられるかも知れない。


プラスチックを使う罰則があるとなると、窮屈な世の中になりそうだ。だが、不法投棄や不適切な管理を行う者がいるからそうなるのである。


性善説に則り物事を考えると、立派な人になるために絶えざる努力が必要であるが、そんな人たちばかりなら罰則を設ける必要はない。


所詮人は不完全な生き物であるがゆえに、放っておくと悪に向かう可能性もあるので、やはり罰則をもうけるしかないのだろうか。

posted by ヨッシー at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記