2016年02月03日

オンデマンドワークで成功する人としない人の違い


オンデマンドワーカーの方々とお話をしていると、それぞれに業種は違いますが、商品だけを売っているのではないと感じます。商品だけを売っていないと書くと奇妙に聞こえるでしょうが実際そうなのです。



確かに無形のサービスを含め、皆様がそれぞれに商品を持っておられ、その商品をお客様に提供しています。しかし、お客様が本当に欲しいのは商品なのでしょうか?実はお客様が欲しいのは商品だけではなく、その商品を手に入れることによりもたらされる結果なのです。



お客様が思い描いた通りの結果を得たいからこそ、その結果を得ることの出来る商品が欲しいのです。反対に期待する結果が得られないとなると、誰もその商品を買いたくならないのです。



そこを無理やり「いい商品だ」と自分が持つ商品の良さばかりアピールしても上手くいきません。いくらいい物だといえ、買う側に求める結果が想像できないと商品は売れません。そして、商品にこだわりを持ち過ぎると結果が見えず、買う側が求める期待(結果)にも応えられません。



更に、売る方が商品に惚れ込んでしまうと「なぜ良い物なのに売れないのだろうか」と商品だけに視線が向いてしまい、その先にある大切な結果に意識がいかなくなります。求められている結果を意識せず無理に勧めると、商品の押し売りになってしまいます。一度くらいは義理で仕方なく買ってもらえるでしょうが、期待できません。強引に勧めてばかりいると疎ましい人になり、これでは人間関係まで破綻してしまいます。



どんな商品でも、邪魔になってしまう場合があるのです。「買う人が期待している結果を得るためにはどうするのか」に意識を集中すれば、商品に視線を向ける度合いは少なくて済みそうです。



人々が思い描く結果という欲求。商品の先にどのような結果があるのかを見て仕事ができる人。顧客の求める結果に集中し、それを大切にしているオンデマンドワーカーは、例外なく成功しているようです。



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2016年01月28日

市場への参入障壁が低くなり個人でも戦える時代だ


過去において、起業しフリーランスや個人事業者として働く場合、ある程度の資金と顧客獲得の営業活動を自力で行う必要があり、起業するハードルは高かった。しかし、近年ではSNSの発達により、そのハードルも低くなり、個人でも十分に勝算が見込めるようになった。



そこで私たちは、そんなフリーランスや個人事業者達の参入障壁を低くするため、このレンタルスペース事業を始めた訳だ。ここをプイラットフォームとして活用していただくことにより、無資本の個人でも容易に仕事を受注することができる。


これで学生や主婦、副業をしたいサラリーマン、定年退職した高齢者まで、空いている時間を収益化することが可能になる。



今後、オンデマンドワーカーの活用は人件費軽減の面で大きなメリットとなり、従業員の法定、法定外福利費の負担がなくなり、身軽で顧客に満足度の高いサービス提供していくことができるはずだ。


将来オンデマンドワーカーの採用は、事業者、個人双方にとって理想的な事業スタイルを構築できると確信している。もちろん、オンデマンドワーカーはフリーランスであるため、会社(クライアント)に縛られず働くことが条件となる。我々に決められた料金体系やマニュアルはなく、レンタルスペースの利用規約にさえ守っていただくだけでいい。



ここでフリーランスや個人事業者達とクライアントの間において注意したいのが、報酬の支払いについてである。税務調査において、外注先への支払いが給与と判定され、消費税の課税仕入れ税額控除が否認される給与の源泉税徴収漏れを指摘されることがある。外注先への支払いが、外注費として認められるか給与と判定されるかは、その契約内容によって、形式がどうなっているかで判断される。


いくら形式的に要件が整っていても、実態が伴っていない場合は給与と判定されることがある。あくまで、その事情を踏まえた上で総合的に判定されることになる。



外注先かどうかのポイント

@外注先が、発注元以外の他社の仕事を請け負っている。 

A外注先が自己の判断と責任で業務を行っている。 

B仕事に必要な材料、道具などは外注先が独自に用意している。外注先から請求書が発行されている。 

C報酬は外注先が自ら計算している。時給、日給、月給などの時間を単位として計算されていない。 

D発注元の社員同様、昇給や賞与がない。


勿論この条件をクリアしたからと言って、実績ベースの報酬から、経費を差し引いた実質的な収入が、国の定めている法定最低賃金を下回ってはいけない。双方にとって、メリットある運営が求められる。



さらに、この場所を活用しながら資格や技術を生かし、次のステージへ飛躍するための布石となる可能性も十分にあり得る。もちろん努力次第だが、アップセリングを行えば、今以上の収入を稼げる可能性も秘めている。


起業とは言え、なにも規模を大きくする必要はない。小さく起業して、継続的かつ確実に収益が確保されればいい。確実に言えるのは、すべてのオンデマンドワーカーが、安定して高収入を得られるようになることはなく、自由競争の中で、成功する人と、しない人があることだ。これは止むを得ないが、そのリスクを最小限に抑えるお手伝いをすることが、私たちの役目だと思っている。



最後に。

大勢のフリーランスの方にお会いしたが、成功している人にはある共通点があることに気付いた。しかし、ここでは書かない。


起業しても上手くいかない人は、気の毒だがそれに気づいていないだけである。気づくか気付かないかは本人次第である。そしてこれは他人から教えられても、そう簡単に出来るものではないと言える。



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2015年10月19日

地方再生とは?2


木下斉氏著書の「稼ぐまちが世界を変える」は、私にとって衝撃的な内容だった。地方再生も間違ったやり方では、とても再生などおぼつかない。間違った方法でいくら努力しても実を結ばないのは、すべてにおいて言えることである。


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(縮小する社会に合わせる)

行政が行う地域の活性化とは、私益より公益を追求し、試み自体に利益は出ずとも街全体で利益を出すために、公的支援は赤字でも仕方が無いというスタンスなのか。市民目線の無い人達が「公益」だと前例を踏襲するだけで、「食べていける」のだろうか。


もしかして救いようの無い役所のご都合主義と化してしまうのではないだろうか。かといって、役所主体でなく、市民が主体になって地域再生を進めなさいという、使い古された論調に終始すればいいのか。実益が伴わないと、民間人が地方再生をおこなうインセンティブは乏しくなる。


最後には、地域再生の方向性としては、ギリシャモデル。つまり、心の豊かさを追求し、経済的な破綻が迫ってくることには眼をつぶり、幸せを感じましょうとするのか。こうなると希望という名の諦めが生じ、「もうやめた」と、さじを投げたに等しくなってしまう。


地域再生の方策案は、響きはいいものを並べているに過ぎず現実的ではない。


人口減少する日本社会の中で地域再生とは何か。日本の地域はどうなるべきか、全ての地域を再生するべきなのか、一部に集約化すべきかという財政的な根本的問題がある。限られた予算の中で執行するので、選択と集中を行わないと効果が薄れてしまう。そこには残念ではあるが、どうしても社会的格差が生じてしまう。


将来、国単位では経済は縮小する。計画の根本は、今後人口が減少する日本で、「どうすれば破綻しない持続的な社会を作り出すか」にある。拡大する社会ではなく、縮小して行く社会に合わせるのである。地方復興は、砂漠に新たな街をつくるのではない。上から下へ理想論をばらまいても、高齢層は納得するだろうが、未来そのものである若年層にとっては足枷にしかならない。


成功例としてもてはやされている地域再生事業も、現地に行ってみれば街は閑散としており、ハコモノ行政の愚、推進者の押し付け発想、西欧の安易な模倣、一過性のイベント、一部業者しか得をしない地方特産品のブランド化など、聞くと見るとでは大きく違う実態がある。


基本的に役人は、経済活動によって付加価値を生み出す仕事ではないからそうなるのである。



(地方復興コンサルの弊害)

また、そこには地域復興コンサルの問題もある。ヒアリングに来るコンサルタントの多くは、基本的な知識もないことがあると言われている。さらに、自らのリスクで投資して、地域で事業を立ち上げた経験がある方などは皆無に近い。


そもそも地域で事業ができる才能がある人なら、もうとっくに事業を立ち上げている。地方復興コンサルをやるなら、先ずは地に根を張り見続けて欲しい。地域に根ざし見続けることが体験談になり、やがて成功へと導かれるのではないのだろうか。


税金を頼りにする人々に申したいのは、計画した事業で普通に儲けが出るのであれば、地域の個人や銀行から資金調達をして、事業を開始することが可能ではないのか。人と経済は生きている。単発の支援だけでどうなるものではない。


ここでいけないのは、設定した事業収益の目標に対して実施前と実施後の評価がなく、税金で受託した業務の結果に対する評価を問われないことだ。自分の腹は痛まないから、これでは地域に真剣に向き合った地方再生などできるはずもない。財政基盤を改善するのが地方再生の目的なら、数値で示すべきだろう。


民間企業なら、結果が伴わなわなければ、市場からの撤退を余儀なくされる。税金は、一部受託企業の利益を確保するためにあるのではない。毎年予算化された、お上からの補助金を得るためだけが目的なら、誰のための補助金事業か分からない。


そして補助金の用途は、役人のルールによって決められる。これでは制約が生じ、役人の顔色を伺いながら事業を考えるようになる。そうなると、思い切った事業計画が立て難くなくなる。いくら税金だからといえ、これは立派な投資である。民間なら、投資が回収できない事業などあり得ない。効果がなければ、きっぱりと撤退し諦める勇気が必要なのだが、それもない。


ただ、だらだらと税金を投資してしまう結果に終始するばかり。行政主導型の地域復興コンサルが、果たして必要なのだろうか。もっと役人が当事者意識を持ち深く考え、知恵を絞るべきではないのか。業者に丸投げでは責任の所在が不明になり、問題は一向に改善されない。



(市場原理に従う)

地方が再生するのは、自腹を切り、人々が欲しいと思う優れたサービスを提供した時だけだ。素人に近い主婦の食堂やカフェをやっても、市場に受入れられなければすぐに潰れる。だがそれでいい。会社や商店が淘汰されるのは、新陳代謝を促進する上で必要である。


全国にある道の駅のように、儲からないのにゾンビのように生き残る方が、市場にとって有害となる。では、どうすれば良いのか。補助金や助成金に頼る起業や事業より、自腹を切った資金を用い、考える前に小さな商売からやってみればどうか。


多くの人から賛同を得ることや無責任な他人の言葉よりも、まずやることだ。やってみてから考えればいいだけである。それは、「まずは自分が実践し、変わる姿を見せる」この一言に尽きると思う。いくらいい方法があると一生懸命に訴え、同意を求めようとしたところで、相手からすれば右から左に流れる雑音でしかない。


机上理論でいくら武装しても、効果が出ていなければ意味がない。地域再生事業のみならず、事業は長年かけて形成されてこそ初めて市場に受け入れられる。そこには、継続的かつ恒久的な取り組みが実施されなければならない。立案した計画で効果が出なければ都度見直し、修正することが必要となる。


事業は小さなことの積み重ねで大きくなる。そこには自立心のあるプレーヤーが、自分の腹を痛めて経営することが大切だ。



(華やかさの中にある光と影)

話は変わるが、10月17日〜18日にかけて「ご当地キャラ博in彦根」が彦根市内で開催された。メイン会場である、夢京橋商店街通りは大勢の人で賑わっていた。隣接する四番町スクエアも同様であった。


夢京橋商店街通り

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四番町スクエア

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訪れた人々の幸せそうな笑顔が印象的だった。


しかし、メイン会場を少し離れただけで、その状況は大きく変わる。


銀座商店街

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シャッターが閉められたままの店も目立ち、閑散としている。ほんの2〜3分だけ歩いた距離であるのに、誰にも見向きもされず、一市民として寂しい気持ちになる。折角大勢の人がきているのだから、もう少しこちらへ人の流れを呼び込めないのか。



裏通りに入れば、なかなか味のある喫茶店がある。


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大手チェーン店に負けないで欲しい。恐らくここは画一化された味でなく、煩い子供もいないだろう。小規模店には小規模店なりの良さがある。


更に、俳優の始祖、芸能の祖神と仰がれる千代神社もある。まだまだ魅力的なところは多い。



折角大勢の人々が訪問してくれているのに勿体ない。キャラクター人気や商品に頼る盛況さだけでは、心もとない。もし、キャラクターの人気に陰りがでてきたら、それらに頼っていた商店はどうなるのだろう。また、地方再生が一部の業界のために偏っているのも気になる。


その証かもしれないが、イベントのない日は、メイン会場である夢京橋通りも閑散としている。彦根の魅力は、決してキャラクターばかりではない筈だ。


過去の成功体験や経験に固執してはいけない。チープな提案で申し訳ないが、こんな方法はどうだろうか。


・人の集まる場所でクーポンを配る。

・スタンプラリーを行い、達成者には買い物優待割引券を渡す。

・お店前に休憩するベンチを設け、そこで試食・試飲をしてもらう。

・おみくじをひいてもらい、神社へ参ってもらう。

・学生に声をかけ、一日店長や店主をやってもらう。勿論、利益優先。

・彦根市の地場産業の一つはファンデーションなので、オーダーメイドのものを作り、アンテナショップで宣伝する。

・もう一つの地場産業である仏壇だが、実はカフェアイテムを製造している。市内飲食店でこれを使用し、商品の良さを知ってもらう。



今の時代に合ったリノベーションを起こさないと、このまま衰退の一途を辿るだけだ。木下斉氏の著書は、地域再生を本気でしたい人々にとって、大変大きなヒントになる。



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2015年10月17日

地方再生とは?


昔ながらの文化や知恵を大切に思う気持ちに抗うつもりはないが、無責任に地方での居住を勧めるのに、私は反対の立場である。



確かに人は太古の昔から、自然と向き合い自然と共に生きてきた。昔の人の生活は、ガス炊飯器や電気温水器も無く、部屋の灯りはランプから照らされる薄暗いものであった。交通手段である鉄道や自動車も発達しておらず、大きな不便を強いられてきた。昔の人は、それでもその生活の中で、自然と同居し工夫しながら生きてきた。



しかし、不便な暮らしを現代人にやれというのは、かなり乱暴な話になる。現代では流石に電気、ガス、水道などのインフラは整備されているようだが、完全な昔の人々と同じ暮らしを再現せよというのなら尚更そう思える。



もし水道が無ければ、水汲み一つにしても、井戸にいき汲み上げそれを屋内の瓶やお風呂場に溜めなければならない。お風呂や料理に使う燃料だって薪を用いるから、先ずは切り出しから行う必要がある。昔話にある「おじいさんは山へ柴刈りに・・・」のあれだ。焚きつけし易いように薪を割らなければいけないし、火力は安定しない。一度着火すれば火の番は当たり前で、他の用事などできやしない。



先日スローな暮らしも悪くないと思い、私の事務所に薪ストーブを設置しようと考えたがやめにした。確かに火を使用した暖房は大変に暖かい。レトロな雰囲気があり、それ自体がインテリアとして素晴らしいものである。だが、業者の担当者に聞いてやめにした。



薪割りと灰の清掃、暖かくなるまでの時間や消火時の手間、オフシーズンのメンテナンスなどを考えると、とにかく面倒だからである。残念ながら私にはこれを完璧に行い管理する自信はない。仕事や生活そのものに時間と手間が多く必要になり、利便性を考えると選択する気は失せた。



それが楽しみであると言ってしまえばそれまでだが、私のライフスタイルには合わない。このスタイルは、決して万人に出来るものでは無いとさえ思えた。



地方は大変に不便だ。無責任に地方へ戻って来いというのはいいが、あまりにも不便な生活に疲れ、都市部に移住する人々が増えなければいいのにとさえ思う。私の実家も田舎であり、両親には大変申し訳ないが、絶対に定住したいと思わない。不便な場所で、生活するのはそれ相当の情熱や覚悟が必要なのである。




マイホームを建てる地域にも配慮した方がいい。日本でマイホームの建設ラッシュが起きたのは1960年代のことで、高度成長期に大都市への人口集中を緩和するために、当時の政府が、地方の住宅建設を推し進める法律「住宅建設計画法」を制定(1966年)したことが起点となっている。



その頃から半世紀が経過して、当時では最新鋭の新興住宅地はかなり寂れた雰囲気へと変わっている。人口は減り、商店は閉店が相次ぎ、空き家や耐震性で不安な住宅も増えている。そこに住んでいるのは、経済活動や消費活動の少ない老人ばかり。



地方再生のうたい文句で、その地域にこれからマイホーム購入を検討している人にとっては、街の機能が衰えてしまった古い住宅地に家を建てても、生活がしにくい。資産価値の下落幅も大きいことから、新規で開発された都心や地方都市にある近代的なマンションを購入したほうが便利で賢いという判断になってしまう。



これからの生活格差は、同じ都道府県でも、生活インフラの優劣によって大な差が生じてくることになるだろう。住みやすさは利便性の高さによって決まる。住民は便利でありさえすればそれでいいのだ。生活物資の調達、教育、医療、福祉すべてにおいて、人口が集中している場所にいる方が合理的であり、一方向に偏るより、都市と地方の良いところをベストミックスさせた生活が望ましい。



悲しいかな、人は便利な生活を覚えてしまうと不便な生活に戻ることができない。地方での暮らしは一部の人々にとって魅力的な生活だろう。しかし、多くの人々にとっては、趣味の域を脱しない試みなのかもしれない。忙しい現代人にとって、地方に定住する選択肢は今のところ考え難いようである。




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2015年10月08日

代理商とブローカーの違い


代理商を、中立人やブローカーと同類にみなしている人は決して少なくはない。誤解の無いように説明するが、代理商とは、会社と会社間の商取引を取り持つ中間業者であり、会社に雇用された使用人のように企業に属することなく、全く独立した立場にある。



代理商は、特定の会社の営業活動を補助する点で、中立人やブローカーとは異なるのである。 


会社法第16条 

代理商(会社のためにその平常の事業の部類に属する取引の代理又は媒介をする者で、その会社の使用人でないものをいう。以下この節において同じ。)は、取引の代理又は媒介をしたときは、遅滞なく、会社に対して、その旨の通知を発しなければならない。


商法第27条

代理商(商人のためにその平常の営業の部類に属する取引の代理又は媒介をする者で、その商人の使用人でないものをいう。以下この章において同じ。)は、取引の代理又は媒介をしたときは、遅滞なく、商人に対して、その旨の通知を発しなければならない。


中立人やブローカーは、確かに代理商の一形態ではあるが、依頼人との信頼関係や契約期間の長さによって分類される。


(代理商)

依頼主と継続的・専属的に関係を維持する場合が多く、信頼関係もある。


(中立人やブローカー)

依頼主と単発の契約を結ぶため、継続的信頼関係に基づかない取引となる。



また代理商は、情報収集や伝達、商取引の促進と交渉を依頼主に対して行い、商取引を仲介・代行する。更には、経営や業務支援を行い、時には金銭的支援も行う場合もある。会社側における商業活動の体制が十分構築されていない時に、販路の拡大や管理も実施する。当然の如く専門知識も必要で、実績やその後の変化の踏まえたフォローを行う。



アメリカでは、セールスレップ(セールス・レプリゼンタティブ)というひとつの事業として確立したワークスタイルがある。いわばメーカーと営業代行の契約を結ぶ,個人事業の営業マンである。販路を新規に開拓して取り次ぎ,販売実績に基づいた手数料を受け取る事業であり、いわば固定経費のかからない営業マンを雇用しているようなものである。



依頼側の会社にとって、結果が出てから初めて費用が発生するため、会社の費用負担は軽くなる。ただし、会社に対する従属心や忠誠心が育たず、情報漏えいが心配だと疑問視する声もある。



しかし、これは一概に言えない。それは正規雇用者である社内の営業マンも同じである。彼等も一歩外へ出れば、居酒屋や飲み屋で社内体制の不備や社長に対する不平や不満を口にし、同時に社内情報も公開している。



ああでもない、こうでもない、俺ならこうする、社長は馬鹿だと、聞くに堪えない話のオンパレードだ。「壁に耳あり障子に目あり」と諺にもあるが、その危険性すら分かっていない。



とにかく愚痴っぽい。そんなに会社が嫌なら辞めればいいのに、その勇気すらない。まるで野球観戦で外野からヤジを飛ばしている状態に等しく、まさに自己欺瞞の塊である。



話が横道に逸れたが、情報を漏えいしてはいけないと言われている社員達も、こんな姿を目の当たりにすると、ひょっとして知らないうちに社内機密を漏えいしているのかもしれない。こちらは恣意的であったが、社員の情報漏えいで会社に大きなダメ―ジを与えた事例がある。新日本製鉄の有する電磁鋼板に関する技術を元社員の情報漏えいにより、韓国の鉄鋼最大手のポスコ社が不正に取得した事件である。



このこと一つとっても、正規雇用だから安全・安心だといえるのだろうか甚だ疑問である。情報漏えいは、圧倒的に内部が関係するものが多いという意見もあり、一歩間違えば、社内に精通している時間が長い内部にいる人間の方が脅威となるのだ。



もし社長が、社員が居酒屋で話している話の内容を偶然にも耳にしたのなら、きっと驚くことになるだろう。まるで頭上から氷水でも浴びせられたように身体が硬直してしまい、誰も信じられなくなることは間違いなさそうだ。



会社に対する忠誠心や従属心は、会社内にいる時に発揮されるが、それは会社に拘束されている時間内における表面上の行為であって、ひとたび個人になると、上辺だけの脆いものに変化するようである。更に、そこで個人的利益が得られるとなると、利益を優先するため人は暴走し制御不能に陥る。



社員の管理を性善説に則り、雇用を考えていると失敗するだろう。孟子も朱子も、人の「性」は善であっても放っておけば悪を行うようになってしまうため、「聖人の教え」や「礼」などによることが必要であると説いているように、「人は悪を行うのだと」と、このことを初めから知った上で付き合うべきだろう。



「人を信じられない世の中は、殺伐としたものとなるが、お前はその方がいいのか」と、お叱りを受けるかもしれないが、そうならないために、教えが必要となるのである。



正規雇用するのか外注化するのか。どちらが正しいとは言えないが、いずれにせよゼロリスクの選択肢はない。だが、様々な角度から考えると、必ずしも外部委託が危険で悪だとは決して言えない。経営者達は会社方針に則り、どちらにするか決めればいいだけの話である。



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2015年03月07日

商品が安いだけではいけない


安物ばかり売ってはいけない。


クーポンや期間限定割引を頻繁に行い、それに頼る商法はあまりやらない方がいいと思う。なぜなら、安い物を求める人々は価格ありきで、価格だけが商品を選択する最大の要素であり、リピートに繋がらない可能性が高いからだ。


私も以前ネット販売で、ネット×××を相手にしていたことがあるからよく分かる。彼らには、商品の持つ物語や提供する側のこだわりに対する興味は一切関係なく、だだ価格だけがあるのみ。


より良いものをより安くは相反する問題だ。コストパフォーマンスという言葉も嫌いだ。一体コスパってなんだ?それは個人の価値観で決定される問題だろう。


いいものには、いいものなりの原価や提供する側のこだわりがあり、それなりの対価を支払わなければいけない。いいものを売るのは当たり前だか、いずれにせよ、一時的な安価で来店する客は、普段の価格に戻れば振り向きもしない。


更に、安さを求める人達は文句も多い。そして、さらに安いものを追い求め、ジプシーのように彷徨うだけ。


上から目線で言うつもりはないが、弱小零細企業が相手にしてはいけない客層である。会社経営者するなら、利益があってこそ経営は成り立つ。原価を無視し、利益度外視で人々のため滅私奉公する精神を持ち合わせているなら話は別だが、それなら何のために会社経営をやっているのか分からない。


安いだけが売り物で、他に方法はないのか良く考えたい。高いものは高いなりに、安いものは安いなりに、消費者側として価格に対する期待値があり、価格設定を誤ると商品価値まで低く見られてしまう場合がある。中小零細企業は大手にない特色を出し、いかにして少しでも高く売るかが大切な戦略だ。


ここに気付かずにいると、いつまで経っても経営状態が苦しいままになる。


また最近、地元総合スーパーが短い間隔で特売会を開催するのも気になる。安売りを頻繁にやると慢性化してしまい、売上低下のリスクが懸念される。消費者が安売りを見越して、買い物を控えるからだ。


実のところ特売会が開催されるまで、買い物を控える消費者もいるようだ。安売りの回数を多くすると日常化してしまい、インパクトも弱くなる。


価格設定は十分に気を付けたい。
 

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2014年04月18日

ビジネス成功の法則



あるところで見つけたビジネス成功の法則です。これをあなたは実行できますか?



自分にとって最適な相手を求めて世界を冒険し、他者に先んじて自分を売り込み、最後は見事に相手を誘い込んで満足させ、関係を永続させる。


つまり、生殖行為によって自己の保存、継承を図るのである。 これはビジネスに置き換えても見事に通用する。 


アンテナを高くしてあらゆるビジネスチャンスを探し回り、他社とは異なる戦略に則って差別化した価値を提供し、それを求める顧客を取り込んで価値向上と顧客満足の好循環を確立、永続化させる。全く相似形なのである。



素晴らしい言葉です。しかし、これでは抽象的過ぎてよく分かりません。ワイドショーに出演するコメンテーターや経済評論家が言いそうな言葉ですね。


同じ様な言葉を聞く時いつも思うのですが、もっと具体的に説明して欲しいですね。これができたら苦労しません。


ひょっとして、


具体的に説明できないのは具体策がないから。


それとも具体策はあるのだが、ここで明らかにすると自分の利益を損失するから言わない。


このどちらかでしょうね。


もし、誰かにあなたが同じ内容を言われたら、具体的な説明を求めてみましょう。本当に自分で実践してきた人なら答えられるはずです。少なくとも自分自身の経験で説明できます。ただし、その方法があなたにマッチするかどうかは別です。


経営は水物です。そう簡単に答えは見つかりません。言葉通りに進めば、誰も苦労しません。


本当に他人の成功を願うのなら、具体的説明は必要だと私は思います。綺麗な言葉の裏側には、自分だけの利益が見え隠れしているのかも知れません。




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2014年02月26日

消費税分で優位に立てるフリーランス



消費税分で優位に立てるフリーランス

フリーランスの方はご存知かと思いますが、年間売上高が1千万円を超え5千万円以下の事業者については、計算を簡略化する目的で業種によって決められた、「みなし仕入」を利用することができます。
 

この制度を上手く活用すれば、顧客から徴収した消費税分の一部を自分の収入として充当できます。ご存じなかった方は、ご自身の売上と業務内容によりますが、この制度を活用されてみては如何でしょうか。
 

http://www.nta.go.jp/taxanswer/shohi/6505.htm
 

ちなみに、売上が1千万円以下の場合は、免税事業者に該当するため消費税の納税は免除されます。だからといって、消費税を請求しないのは間違いです。
 

課税対象となる商品やサービスであれば、顧客から受け取る代金の中には、必ず消費税分が含まれています。免税事業者ゆえに、消費税に相当する額を納付しなくてもいいだけなのです。
 

これにより、その分値引きが可能ですから、価格設定や交渉は優位に立てそうですね。




 
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2013年04月01日

マーケティングは水もの



スマートフォンがこれだけ普及すると、それに伴い周辺商品を販売する市場も拡大します。iPhoneもカバー、バックパネル、充電キットなど、様々なアクセサリーがリリースされています。



私の友人はネットショップを経営しており、ガラスが割れたり故障したiPhoneを修理する二次市場に参入しています。以前のブログ「iPhone カスタマイズ」で、私のiPhoneのフロントとバックパネルを交換してくれたのも彼です。



彼の店舗は彦根にあります。彼の話によると、どうやら彦根という市場に苦戦している様で、同じ商品販売を行っていても、反応に差が出ています。どうやら流通(Place)の部分で、他店と差が出ている模様です。



地元でカスタマイズされた私のiPhoneを見せると、「なに!?それ!?」と、言う顔をされます。その反応だけでも、この地域で普及していない証ですね。



販売は、地理(地域・人口・立地など)、人口動態(世代・性別・所得・職業など)に大きく左右されます。地域に大手の参入はなく脅威もありませんが、そもそもこの地域では、iPhoneの保有台数が少ないのかも知れません。



そして、ここでのカスタマイズと修理は、店舗の中において対面で行ってくれます。この対面が重要な部分です。



ネットの普及で商圏はボーダレスになっています。そこで、「ネットで店舗へ発送し修理すればいいじゃないか」と思われるかも知れません。しかし、スマートフォンを発送し修理依頼するには、個人情報漏洩の危険性がありますから、自分の手から離れた場所で修理して貰うには、抵抗と不安があるのです。



そういう意味において、店舗での対面による安心感と保証は大きいのです。短時間で済みますしね。





勿論、このままではいけませんから、彼も今後は対策を講じ、新しい事業展開に移るそうです。



売上は、顧客数を増やし、平均単価を上げ、購入頻度を高める。これをいかにクリアするかです。簡単に事が運びませんから商売はこれらに苦労します。またそれが同時に醍醐味でもあるのです。



マーケティングの奥は非常に深いです。



商売は水もの。私も物販で苦労し失敗した経験から、痛感します。



彼の更なる飛躍を祈るばかりです。






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2012年12月28日

経費削減?



不正を行い利益を貪る!?

会社経営をしている私の友人は、消耗品の物販を行っています。昨今におけるコスト削減やデフレの影響を受け、情勢はかなり厳しいと漏らしていました。彼は消費者のため、少しでもいいモノをより安くと努力しています。しかし、品質が高くていいモノを販売しようとすると、安くするにも限界があります。


販売者側にとって、絶対に割れない原価があります。


売価を下げ限界利益を上げるための方法もありますが、消費者を欺いてまで商売はできないと言っています。全くその通りです。そんなことばかりやっていると、不正が発覚した際、高い代償を支払うことになります。


それに品質トラブルの元凶ともなり、両者がクレーム対応に追われ、結局高くつくこともあるのです。それでも消費者側は、少しでも安いモノを、少しでも長持ちさせたいと考えています。この矛盾している考え方が始末に悪く、いいモノの売れ行きも鈍化します。


消費者側も安物買いの銭失いにならない様に気を付けなければなりません。業者側は売価を安くし、必要な限界利益を確保するための方法をどこかでとります。


ここでは絶対に書けませんが、彼に聞くと驚く内容ばかりで、彼の業界に限らず不正を働く者は後を絶たないのです。そんな業者達と対抗するのですから、当然苦しい戦いが強いられます。



かかるコストとかけるコスト

コスト削減の際は、必要なコストと不必要なコストの見極めなければいけません。


要するに、かかるコストとかけるコストの違いです。多少は、かかるコストの見直しも必要でしょうが、戦略的にかけるものであれば、私は別に削減しなくてもいいと思っています。


例えば事務用品やコピーのトナー。ボールペンや紙を少しでも安価なところで購入するのは、そんなに重要ですかね?カラーコピーをするなと言う社長、そんなにカラーコピーのコストは大きいですか?


安いモノを常に探している時間や注意している時間が勿体ない。


いいモノを使えは、生産性も上がるし、かえって長持ちすることもある。カラーコピーだって、カラーにすることで品質が向上し、仕事が受注できるかもしれない。気持ちよく仕事ができる環境作りも大切です。


決して高いモノを買えとかどんどん使えばいいと言う訳でなく、かかるコストとかけるコストの違いを見極めればいいのです。


経費削減だからと言って、照明を落とした暗い事務所の中で、安物の備品ばかりに囲まれたワークスペースで仕事をし、カラーコピーのカウンター値が多ければ理由も聞かずに社長から叱責を受ける。こんな貧乏くさい会社で、生産性の高い仕事ができますか?


それに安いモノは本当に安いのでしょうか?時間コストも含め全体的に考えた方がいいと思います。



そんな社長に限って

些細な経費に目くじらを立てる社長ほど、接待飲食やゴルフに明け暮れているのかも?その費用ってどこから出ているのでしょうね。大変興味がありますけど、カラーコピー程度でガミガミ言われると、「自分はどうなのよ!」と、従業員は愚痴の一つでも言いたくなります。


備品や消耗品にはうるさく言い、自分の接待や遊興費は会社経費ですか?ゴルフを1回やめれば、必要なカラーコピーが沢山できるのにね。


こんな社長から、「違う!これはかけるコストだ!」と言われそうですけど、それなら費用対効果を従業員にキチンと説明できるようにしておかれないとね。


経費削減、経費削減では、後ろ向きですから、もっと限界利益が上がる方へ目を向けることが必要だと思うのです。






今年最後の月末は曜日が悪いですね。銀行は休みになるし、ご商売をされる方々には辛いカレンダーかと。私もその影響で、年の瀬を迎えている気がしません。


と、思いつつ今年もあと僅かです。


今日で仕事納めの方も多いことでしょう。


それでは皆様、よいお年をお迎えください。





posted by ヨッシー at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 販売促進