2013年10月15日

長寿はリスク?



以前にも書いた記憶がありますが、高齢化社会が現実のものとなり、その中で自分達の両親も生活のリスクになっています。



人間だれしもいつまでも健康でいられたらいいのですが、歳を重ねるごとに身体の自由が制限され、車椅子や寝たきりの生活となる方もいます。また、老人性認知症となり、日常生活にさえ支障をきたすような状態になる方もいます。



こうなると自分ひとりで生きていくことは困難となり、社会や周りの人々の助けが必要となりますね。



老人介護施設が無事見つかり、周りの温かい援助もあり、費用の心配がいらない方々は幸せです。それがままならないと、どうしても身内や公的補助に頼るしかないということになります。



いちばん身近なのが配偶者です。そして次に子供や親族。介護の程度の差はありますが、重度の障害であれば介護される方の負担は相当のものです。健常者にとって大きな負担となります。



しかも、介護される側が長寿であれば長期的に肉体的、精神的、経済的負担が重くのしかかります。障害を持ったまま長く生きるられることは、残されたものにとっては苦痛でしょう。



そこへ財産分与の問題がでてくれば、余計に問題が大きくなります。



普段は知らん顔していても金銭が絡むと、人は豹変します。少しでも多く自分の懐に入るように考えます。そこには権利ばかり主張し、義務を果たさそうとしない心が働きます。



面倒を見るのは嫌だ、施設や他の人に任せればいい、と知らん顔をし、財産分与の話になると俄か口を出す始末。都合のいい部分だけ自分の思いを主張し、負担となる部分からは目を遠ざけ、立場を使い分けています。



そんな、光景も本人不在のまま繰り返されます。今の自分がこの世にいられるのは、誰のお陰か全く分かっていません。



そんな不毛な争いが繰り返されるのも、親に蓄えがあるからです。蓄えるのを否定しません。いつ死ぬか分からないため止むを得えませんが、連中は親の蓄えに期待せず、自分自身の力で生きて行けないのでしょうか。



それはさておき、高齢化社会では、健康なまま世間様に迷惑を掛けず生きるのが最低の条件だと思います。更に望ましいのは、社会の一員として国や地方にどの様に貢献できるのか、日本国民として考えてみる必要ありですね。



高齢者と聞けば弱者なんて考え方、全員に当て嵌らないと思いますよ。元気で時間を持て余し、毎日特にすることもなく、趣味に没頭する人々が大勢います。そんな方々を目の当たりにすると、決して弱者に見えません。



若者たちがこの人々の生活を成り立たせるため、費用を負担していると思うといたたまれません。当たり前と思わず、その先には負担に苦しむ人々がいることを忘れないで欲しいのです。働けるなら、年金を返上するくらいの心があってもいいと思うのです。



本当に国や地方の援助が必要な方は甘えて、そうでない方は、当然の権利だと主張ばかりせず、社会に負担をかけない生き方ができれば、もう少し若者達の生活も楽になるのではないでしょうか?



これからの知識として、親のリスクも考えておいた方がよさそうです。そして、自分もいずれそうなるのですから、今のうちに身内や社会になるべく迷惑を掛けない様に、対策を講じておきましょう。






posted by ヨッシー at 08:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
長寿はリスク、、
確かに考えさせられるトピックですね。
Posted by 鈴木その子式ダイエット at 2013年11月23日 16:33
鈴木その子式ダイエット様。

何年か経てば世代交代が起き、自然減により高齢化社会は改善されるでしょうね。それまで国が持つか心配ですね。
Posted by ヨッシー at 2013年11月25日 15:11
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