2019年02月04日

恵方巻を食べる必要があるのか

恵方巻の食品廃棄が社会的問題なっている。




食べられる食品が大量に廃棄されるのは心が痛む。廃棄された食品は養豚飼料や堆肥原料としてリサイクルされているが、それも全量とはいかない。リサイクルの条件に見合わないものはリサイクルされず、焼却処分されているのである。


大量生産と大量廃棄により、製造段階と廃棄段階で二重のロスが生じている訳だ。


廃棄物の問題を解決する根源は、発生させないことである。いくらリサイクルだエコだと叫んでも、それが免罪符になってはいけない。中には「怪しいな」と思えるようなエコもある。


一番の問題解決策は、排出されるようなモノ作らないことである。


人が活動する上において廃棄物は必ず発生する。人は利便性を追求するあまり、多くの処分に困るモノを生み出し、挙句の果て自然界に流出させてしまった。地球にとって一番の環境汚染源は人であることに間違いないようでである。


恵方巻の廃棄問題についても、発生させないことで解決できると考える。そこでできる対策として、我々はむやみやたらに恵方巻を買わないことである。


そもそも恵方巻の風習の起源も、商業ベースの上で成り立つものであり、節分に恵方を向いて無言で食べると縁起がいいとされるのに何の根拠もない。


他ならず巻き寿司である


一番の対策は、生産者も売れないものは作らないから、我々は販売者側の戦略に踊らされず購入しなければいいだけである。


生産者側の問題に注目されがちであるが、我々消費者側の問題も大きいのである。


一つの対策として受注生産方式にすればいいといわれている。確かにこれにより廃棄量は減ると思われる。


しかし、商業者側が生産する商品は、消費者にとって見栄えのいいモノでなければならない。店舗で販売される商品は、消費者側が見栄えを重視する。


従って、製造する段階で形を整えるためのロスが生じるから、これでも一定量の廃棄食品は発生する。


これは、消費者側における意識の問題である。


私が一番いいと考えるのは、恵方巻を食べたいなら自分で作ってみてはどうだろうか。


自宅なら見栄えにこだわる必要はく、できてしまった切れ端も抵抗なく食せるからである。

posted by ヨッシー at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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