2018年04月14日

矛盾だらけの世界

良いことと悪いことについて、人は何を基準にそう判断するのだろう。


例えばボクシング。

人を殴ることは悪いことと言い聞かされているけど、リングの上で殴り合い、血まみれになり、時には死亡事故さえ起こることさえあるスポーツだ。でも、決まられたルールの中で行うスポーツだからそれが許される。


例えば死刑。

罪を犯した人が法律の下に罰せられ、命を絶たれる。その人が犯した罪に対し人が人を罰する。

人を殺してはいけないといわれているのに。


例えば戦争。

国同士や政治的派閥同士のぶつかり合いで、武器を用いて相手の持つ全てを否定し破壊し奪い合う。戦争にも「戦時国際法」というルールがあり、ルールから逸脱さえしなければ何でもありだ。


例えば人間の経済活動。

「物をぞんざいに扱うのは悪いこと。物を大切にしましょう」といいつつ、テレビやネットでは毎日洪水のように新商品が紹介されている。まだまだ使える物でも、今までの物を陳腐化し購入させる。物を大切にしてしまうと物が売れなくなり、資本主義社会が成り立たないからそうしている。


これらを考えると、人が「悪い」と決めたことは、定められたルールの中だけで悪いと判断してる訳だ。


だが、「盗みはいけない」「暴力はいけない」「人を殺めてはいけない」「物を粗末に扱うな」といいつつ、決められた基準の中ではこれらが認められてしまう。


そう考えると、善悪なんてものは、それぞれの判断基準でどうにでも変化するということになる。


そこには、絶対的基準など存在せず、人が自分たちに都合よく使い分けているだけのこと。


人は矛盾だらけの世界で生きている。


私の親や先生達の教育もそうだった。


「これはいけません」「こうしなさい」などと、何が正しいのか分からないまま、大人たちはおうむ返しのように言うだけだった。


「一生懸命に勉強して汗水たらして真面目に働けば、きっと幸せになれる」といわれ続けていることも、大人になってから決して真実ではないことが分かる。


これが真実なら、皆が幸せになっているはずだ。残念だけど、幸せを感じれらない人は大勢いる。世間を見渡せば明らかだ。


さらに反対の見方をすれば、幸せでない人は真面目に働いていないことになるが、それも違うようだ。


人間はそのような不確かなものを頼りに生きている。


不確かさがあるからこそ、様々な考えや意見があるのだろう。


ただ残念なことに、我々はこの不確かで矛盾に満ちた世界で生きることしかできないのである。


posted by ヨッシー at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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