2015年10月06日

やらずに後悔するより実行して後悔しよう


幼い頃の私は、あまり社交的でなかった。人前に出るのは恥ずかしくて、弱虫で泣き虫でした。学校の勉強も嫌いで、全くできなかった。高校に入るとテストの点数も欠点ギリギリで、時には追試を受けることもあった。



やがて卒業を迎える時期となり、友人たちは進学や就職相談を先生から受けていたが、私は受けなかった。大学進学も視野になかった。学業の成績が悪かったのもあるが、経済的余裕のない家庭において親に学費を出してもらってまで、三流大学で勉強という名の大義名分を得て、そこで無駄な時間を過ごしても、その時間が何に役立つのか分からなかった。



就職も先生に勧められた会社で真面目に勤めて働くことが、何故必要なのか、どうしてそんなに魅力的なのか理解できなかった。今思えば、所詮、先生もサラリーマンである。会社勤めを勧めるのは、自分達は被雇用者の立場でしか考えることができなかったからた。



勿論、私には家業があったから、会社勤めをするに思いが至らなかったのだろうが、幼少の頃から父親に後継者になるべく教育されてきたのも影響していたのだと思う。家業といってもちっぽけなもので、吹けば飛ぶような事業である。



中学性の頃から、夏休みになるとなんの疑いもなく家業を手伝い、アルバイト料を貰っていた。汗水流して得たお金は大変貴重で、このお金で好きな物が変えるのだと、興奮していた記憶がある。その頃から、自分でお金を稼ぐ行為の素晴らしさを経験した。




しかし、高校を卒業してから約10年間家業に従事していたが、突如として辞めたくなった。原因は、天候に左右される業務のため、収入が不安定で会社勤めの人が羨ましく見えたからだ。毎日決まった場所へ行き決められた仕事をして、毎月決まった給料が振り込まれることが、私にとって大変魅力的に思えた。



そんな浅墓な考えと、会社勤めの方からお誘いを受けたのもあり、家業を辞めたくて仕方なくなる。こうなると、とても不安定な家業に将来性は見えず、色褪せたものに思えてしまう。そこで思い切って父親に辞めると切り出すが、当然父親は反対する。



このままでは埒が明かず、辞めたくてしかたないからここは実力行使で、半ば家出同然の形で喧嘩して家を飛び出した。どうやら父親もそこまで私がやるとは思っていなかったようで、しぶしぶではあるが、やっと同意を得ることができた。




だが、そうまでして新しく勤めた会社も、結局10年間で辞めてしまった。他の会社の業務が魅力的に思えたのもあるが、女性問題で大失態をやらかしたのが原因で、会社にいるのが苦痛になったのもある。



それからが堕落した転職人生が始まる。何処へ行っても長続きせず、合計9回ほど転職を繰り返した。他人から「長続きしない人だ」と揶揄され、信用もなくなった。今となっては、その頃経験が生かされている訳だが、当時は何ら目標を持たず流されるままに生きていた自分がいた。



本当に「ダメなやつ」だった。



そんな私が当時考えていたことは、「もっと、いい仕事はないのか」「いい仕事さえあれば楽になれる」ということばかりだった。


ところで、「いい仕事」とは何なのだろうか。給料が高額で休日は多く、業務内容は楽で人間関係に悩むことのない、カッコいい仕事を言うのだろうか。確かに人それぞれにいろいろな価値基準はある。しかし、そんなモノはなく幻想でしかない。要するにその言葉の中には、楽をして儲けたい気持ちが表れているのだ。


そしてよく耳にするのが、「いい仕事にさえ付ければ」「お金さえあれば」「自分は変わりたい」「いつもやりたいと思っているのだ」というセリフ。やりたいなら、今やればいいのに、自分勝手な理由を付けて先送りし一向にやろうとしない。まさしく、転職を繰り返していたあの頃の私がそうだった。




そして数少ない機会を失い、歳をとりやがて老いて死を迎える。人は現在(いま)を生きることしかできない。現在(いま)を無駄にして、死ぬ間際にどんなに後悔しても遅いのである。



  
       

       

            *まとめチャンネルより


posted by ヨッシー at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる
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