2015年09月01日

寄附金で貧困問題は解決するのか?


(日本国内の現状)
現代の日本では、食品が豊富にある。しかし、その食品も様々な事情により、全ての国民に有効に届けられているのではないようだ。規格外、欠品対策のための余剰生産、消費期限の問題、材料ロスなど、多くの問題を孕んでいる。


一番排出量が多いのが食品製造業で、農林水産省から発表されている資料で知ることが出来る。そこで大量に廃棄される食品に対して、食品リサイクル法を施行し、食品廃棄物についてリサイクル目標が業種ごとに定め、食品資源の有効利用を促進させるべく制度が構築されている。


 食品廃棄物の発生量等について

 *農林水産省ウェブサイトより


 食品廃棄物等の発生量及び再生利用の内訳

 *農林水産省ウェブサイトより


業種毎にリサイクル目標が設定され、この中で飼料化(動物のえさ)の利用が一番多い様だが、食品の持つカロリーを有効利用するためには、今のところこの方法が一番有効なようだ。


日本国内において、食品が満ち溢れているように見えるが、しかし、その影には、生活苦のため、十分な食品を手に入れることが出来ない、人々も存在している。そもそも食品は、人々の生存するために製造されるものだ。食品の本来の姿として、リサイクルや有効利用する以前に、人々の口に届けらなければならない。これは正論だろう。


そこで一つの方法として「フードバンク」活動がある。この活動は、低所得者やホームレスのシェルター、児童福祉施設、母子緊急生活支援施設などに対し、配布する仕組みを行う団体である。日本に数十社あり、こちらから団体を確認することが出来る。


 各フードバンクの紹介

 *農林水産省ウェブサイトより


日本において生活困窮者に対するセーフティネットが充実しているとは言い難く、また寄附する行為自体も欧米諸国を比べ少ないと聞く。そこで貧困者対策の一つの方法として、フードバンクが推進されている。フードバンクとは、売り物にならない食品を食品業者から譲り受け、必要とする施設に無料で配るという活動を行うことである。


もちろん、食品の安全性は担保せねばならず、消費・賞味期限内のまだ食べられる食品しか受け取らず、期限が切れているもの、残りの期間が極端に短いものは提供されない。素晴らしい取り組みのようであるが、私なりに考えてみたい。



(活動の問題点として)
フードバンクの仕組みをより強固に確立したものとするためには、以下の要素をどうクリアするかにかかっている。


■食品を提供する企業

フードバンク活動の発展のためには、活動に関する認知度と品質管理や安定供給を始め、食品関連企業の協力・支援が不可欠である。活動の趣旨を理解してもらう企業への働き掛けや、品質保持の方法、転売の防止、提供数量など、企業側の意向に配慮した活動を展開することが重要である。


品質保持や転売されないこと等が、支援の条件として多く指摘されている。事故が発生した時や輸送コストをどちらが負担するのか、また、安定供給をどの様にして行うのかが課題となっている。相互の信頼関係において実施されている場合もあると聞くが、責任の所在を明らかにしておかないと、企業側にリスクが発生することになる。


安定した提供を行っていくためには、責任の所在や費用の分担について明確化した文書により合意できるが、一度事故は発生すると、団体のみならず企業イメージも失墜する恐れがあり、その後の活動が困難になりかねない。その対策として、賠償金の支払制度を設けるが、損害保険に加入すると費用負担が生ずることになる。


配布した商品で事故が発生し、企業イメージを損ねる結果にならないよう、責任の明確化と企業に対し、どのようにしてインセンティブを与えられるか、そこが課題となる。企業にとって食品ロスが全くないのは理想であるが、製造工程やサプライヤーとバイヤーの関係や市場の仕組みにおいて、ロスをゼロにすることは困難である。


勿論、企業としては、消費者に正規品を正規の値段で購入して貰うのが一番いいはずだ。いくら無償とは言え、非正規品(廃棄製品)が配布されれば、正規品が購入されなくなる。そこで企業は市場のバランスを保つため、あえて食品を廃棄している場合もある。企業側の諸事情を考えると、参加に後ろ向きなのも頷ける。



■活動組織の透明性と公平性

提供された食品を適切に分配する「フードバンク」だが、運営主体を立ち上げようと考えた場合には、@組織理念・目的の設定と共有、A準備委員会の設置、B既存フードバンク運営主体からのノウハウ取得を行うことが重要である。


同時にフードバンク活動を始めるため基本的には、事務所、食品を保管する場所、食品を運搬する車両等が必要となり、不定期に発生し数量が安定しない品目が多岐に渡る場合、食品を保管する必要性が出てくる。それらの設備には、当然維持管理コストもかかる。また、品質管理は重要課題で、支援を受けた食品によって事故が発生した場合、支援団体のみならず提供者にも被害が及ぶ可能性は否めない。


更に多岐に渡る品目を、いつ、何を、どれだけ、誰に配るのかに配慮しなければならない。食品の提供先に関する明確な基準や優先順位を儲け、その基準を公表し公平性を担保しなければならず、これが適正に実施出来ないと、より人件費や時間のかからないところが優先され、供給のミスマッチが起こるかもしれない。受益者のニーズを把握し、全員が納得出来る基準を示す必要性がある。



■受益者とのバランス

最後に、需給バランスの問題がある。受益者が供給者より支援を受け食品を受取る際、消費しきれない量や、よく知らない所で製造された食品、受益者の嗜好、食品アレルギーの有無、栄養のバランスなどの問題である。


受益者側と供給者側において、同じものを大量に貰っても、全てが一度に消費出来るわけでなく、栄養のバランスも考えなければならない。満腹感を得るためにだけ同じ栄養素や、カロリーの高いものばかり食べていては、受給者の健康に影響する。より文化的で人間的な生活を営むためには、やはり食品の持つ栄養バランスについても考慮したい。


あってはならないことであるが、受給者のニーズに合わない結果、配布された食品が廃棄されるとなると、食品ロスをなくすための活動の意味を無さなくなる。受益者側のニーズについては、出来る限り正確に把握し、お互いの認識の相違により新たな食品ロスが発生しないよう配慮する必要がある。


人の欲望の中で食欲は、人それ自体の生存に直結する問題である。だからこそ食に対する欲求は強く表れる。しかし、人は生物学的には動物だが、思考と理性を持っているので動物と違う。だから人は、食欲を満たすためだけに食べ物を食すのではない。


日本国憲法において、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。必要最低限度の生活とある中で、需給者が「適切な栄養を得ているか」「自尊心を保つことができるか」の問題点を指摘したい。生存するためのだけの支援活動に留まらず、健康で文化的な生活を営めるように支援されたい。量の確保も大切だが、同時に質も大切である。人は美味しい物を少しだけいただくことにより、幸福感を味わえるのだと思うが如何だろうか。



(活動の盲点)
何故この様なことを書くのかと言うと、実は最近私はフードバンクを立ち上げようかと考えたのだ。しかし、現状ではこれらの問題点を解決できないので見送ることにした。ある団体の案内では、食費の節約、廃棄コスト・環境負荷の低減、食品ロスの削減などが解決できるとある。しかし、ここでは書けないが、私なりに考えると多くの疑問符がついた。


運営自体も第三者の資金援助が必要となり、独立した活動であるが人々の寄付に頼る部分が多く、自己完結型にならない様だ。確かにフードバンクにより、救われている人々は確かに一定数いるだろう。活動そのものを否定している訳でもない。救うことが出来る命を救えるのなら、それに越したことはない。


もしや、日本の社会保障システムに欠陥があるのかもしれない。日本では社会保険料負担は相対的に低く、所得水準や経済状況から日本の寄附水準が低い理由を見出すことはできないにも関らず、寄附文化が根付いていない背景がある。


 諸外国における寄附の状況と税制の役割

 *東京都主税局ウェブサイトより


こちらのデータが示す様に、日本は社会保険料負担も寄附金額水準も低い。社会システムや寄附文化の違いがある。寄附文化を根付かせ、貧困者対策として活用すればいいと思われる。だが、そう言っても寄附が万全の対策では無い様だ。


マルサスが「人口論」の中で書いている。


金持ちから貧困者へ寄付→貧困者の稼ぎが増える→貧困者の購買力が増す→食料品の絶対量は簡単に増えていない→金持ちも食する→食を得るため金持ちが買い漁る→食料品価格が高騰する→貧困層が買い負ける→結局貧困のまま。


それぞれに食糧の購買力が上がれば、買い手の間で競争が起こる。その結果、食料品の価格が高騰するが、貨幣を多く持ち購買力のある金持ちは購入することが出来る。しかし、貧困者は貨幣を多く持たないため、結局犠牲となってしまう。


寄附金を原資にして活動を行うことは、日本国内の誰かが、その活動費用を負担するのであり、必要コストが第三者に転嫁されただけとしか思えない。ボランティアの部分でカバーしている部分もあるだろうが、費用負担がゼロとはいかない。


それならばマルサスが言うように、放置された耕作地で作物を作り、それを貧しい人に与えることや、自分の家で消費される食糧を減らし、それを貧しい人に与えられるなら社会のストックとなり、自分、家族、社会全体の全てに利益を与えられる。


個々の活動のケースでは全く感知されない程、小さな問題かもしれないが、私の考え方の違いもあり、自分自身が納得出来ないからやらないことにする。様々な問題点を解決できれば、フードバンクは素晴らしい活動になるだろう。しかし、プラットフォームばかりに着目せず、私なりに出来ることを考えたい。



posted by ヨッシー at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる
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