2015年08月06日

努力が報われない世の中


努力が報われない世の中になったのでしょうか。管理職のポジションも減ってきています。「日刊SPA!」より引用いたします。



30代で係長、40代で課長に昇進。入社当時は、そんな出世コースを思い描いていたはずなのに、自分の役職が追いついていない現実。会社員人生に焦りを覚える人も少なくないだろう。これに対して、「40歳までに課長に昇進できなかった人は、それ以上のポストはほぼ無理」と断言するのは人事コンサルタントの城繁幸氏だ。


5年前、『7割は課長にさえなれません』という著書を出したのですが、その当時に比べて、現在の事態は深刻化しています。このままいけば、40代の8割以上が役職に就くことができず、ヒラのままで終わると断言できますね」

しかし、景気は上向きになりつつあるなか、なぜ多くの人が課長にすらなれないのか。

「昔から日本企業は年功序列が強く、大手企業は管理職が無駄に多い傾向にありました。たとえば、昔のソニーは正社員の4割が管理職でした。現在は管理職を半分降格させるという対策をとっていますが、こうした風潮は日本中で起こっています。つまり、管理職のポスト自体が急速に減っているため、以前のように誰もが役職に就けなくなった。課長というポストすらなくす企業もあるほどです」

第一生命経済研究所・主席エコノミストの永濱利廣氏も続ける。

「現在、アベノミクスなどの余波で賃上げ傾向にあると言われていますが、実は40代前半男性はその恩恵を受けていない。厚生労働省の昨年度の『賃金構造基本統計調査』で年代別の男性の賃金格差(調査1)を見てみると、その他の年代は年収がプラス傾向なのに、『4045歳男性』の年収だけ、前年比マイナス0.6%になっています。一方、役職者の平均年齢と年収の比較(調査2)を見るとプラスであるのです。一部の役職者は稼いでいます。つまり、これらの結果を見ると、4045歳の層のほとんどが、管理職になれていないということが推測できます」

<調査140代の給与が目減りしている事実

3034歳 賃金(賞与含まず)276万円 対前年増減比:0.4
3539歳 賃金(賞与含まず)316万円 対前年増減比:0.7
4044歳 賃金(賞与含まず)355万円 対前年増減比:−0.6
4549歳 賃金(賞与含まず)400万円 対前年増減比:0.7
5054歳 賃金(賞与含まず)422万円 対前年増減比:1.2

※厚生労働省発表の平成26年賃金構造基本統計調査における「性、年齢階級別賃金、対前年増減率及び年齢階級賃金格差」(一部)。管理職になりやすい4045歳層の賃金のみマイナスという結果に

<調査2>役職者の平均年齢は上がるばかり

・部長級 52.4歳 賃金(賞与含まず)657万円 対前年増減比:0.8% 役職・非役職間の賃金格差:3.16

・課長級 48.0歳 賃金(賞与含まず)522万円 対前年増減比:1.8% 役職・非役職間の賃金格差:2.51

・係長級 44.0歳 賃金(賞与含まず)392万円 対前年増減比:1.7% 役職・非役職間の賃金格差:1.88

・非役職者    賃金(賞与含まず)208万円 対前年増減比:1.0% 役職・非役職間の賃金格差:1として

※平成26年の「役職、性別賃金、対前年増減率及び役職・非役職間賃金格差」。非役職者は2024歳とする。役職者の平均年齢が上がっていることにも注目だが、やはり、役職者の給与自体は下がっているわけではない

引き続き調査2の管理職の平均年齢にも注目してみよう。

「係長で44歳、課長で48歳。そして、部長職の平均年齢にいたっては52.4歳。もちろんあくまで『平均』なので、昔の年功序列制度で役職に就いたまま、出世もできずにそのまま居座っている年配管理職たちが平均年齢を引き上げている可能性も高いのですが……。いずれにせよ、上の年代が詰まっている以上、40代になっても役職に就けない人が大量発生する事態は全然おかしくない。係長クラスまで上れたとしても、40代から課長クラスになる見込みは1割くらいなのではないでしょうか」

 役職自体の数が減っているうえ、上の世代がいまだポストを独占しているため、大企業社員の9割が課長になれないとも言える。本誌アンケートでも課長未満が9割近くを占めたほど。城氏はさらに厳しい現状を突きつける。

「もはや『大企業で出世』なんて考えは捨てたほうがいいかもしれない。さらに、『役職者=リスクをとって責任を背負う人』でもあり、昔でいう安泰で高収入の象徴ではありません。むしろ『管理職になりたがらない』人も増えているほどです。今後、ポジションを築きたいならその覚悟も必要だということも、覚えておいてください」 <取材・文/藤村はるな>

日刊SPA



(厳しくドライな社会になった)

経済発展していた過去の様に、現在ではそう簡単に役職者になれないと書いています。私が勤めていた当時は、まだ経済発展が見込め、一生懸命に働いていればそれなりの役職がつき、給料もそれに伴い少しずつではありますが確実に昇給していきました。また、その流れを望むことが明日への希望となり、家族を養うための原動力にもなっていました。


以前は、日々改善努力し滅私奉公していれば結果が伴いましたが、今ではそれも叶わぬ夢に変わりつつあります。物を作れば作る程売れ、新しいサービスも生まれました。が、それらは作られた物を買う人がいて、新しいサービスを受けようとする人々が大勢いたからです。物を作れば作るほど売れる訳ですから、そこで企業は更なら設備投資や機械化を進め、科学技術発達させ高効率化を図ります。


生産性が向上し大量生産出来る様になると、皆が安価で使い勝手のいい物を手に入れ、人々の暮らしは便利になり楽になって行きます。しかし技術革新が行われた結果、人々の仕事を奪い人々の収入が減り、かえって需要が減り物やサービスが売れなくなり、人々の生活が困窮する結果を招きます。


そして企業はもっと沢山利益を上げようと、更に生産性を上げようと努力しますが、人口の減少も影響し、物やサービスが溢れかえることになります。市場が飽和状態となり物を作っても売れず、サービスを提供しようとしても受ける人が少なくなっています。


企業は更なる発展をとフロンティアを求めますが、もうすでに開拓してしまったところばかりです。これでは過去の様に大きな経済成長は見込めません。それでも企業は利益を上げ生き残りを図ろうします。今までのシステムでは成長が見込めないため、とうとう企業は人件費削減に目を向け始めました。


正社員に対する退職勧告や希望退職を募り、更に派遣労働者やアルバイトなどの低賃金で雇用できる非正規雇用者の採用を加速させます。必要な時に、必要なだけ、必要な期間のみ雇用するスタイルです。企業の業績により左右される非常に不安定な雇用状態です。


それでも若者が少ない収入で働いてくれるうちはいいのですが、若者は正社員と同じくらいの働き(それ以上かも知れない)なのに、収入は正社員より少なく、生活も不安定なため矛盾を感じ、嫌になって辞めて行きます。


これでは経験により培われた才能や技術の伝承すらできません。今はいいかも知れませんが、将来的に物を作りたくても作れない、貴重な技術やノウハウの蓄積すら出来ず、優秀な人材を育てるため社員教育をしたくても叶わないなど、企業にとって大きなダメージを受ける可能性は否めません。極端な話をすると、日本の国力が低下し某国の植民地になる可能性も否めません。勿論、日本人としてそうなって欲しくはありません。



(管理職ポストの減少)

辛うじて雇用が守られた正社員の管理職達。ここでもっと努力すればいいのですが、社内営業に長け、長年身についた保守的な思考が邪魔をします。失敗を恐れる臆病者のため、新しい取り組みをやろうとせずマネジメントすら出来ません。ただ長く会社にいた(年功序列)ので管理者になっただけの、偉そうにふんぞり返っている人々。


その人々の雇用を確保するため、多くの若者が犠牲になります。今後、マネジメント出来ない高コスト体質の管理職はいらなくなります。いてもいなくても同じ結果なら尚更です。管理職のポストが減れば、自分もプレーヤーになるか、違う道に進むしか選択肢はありません。そうなれば収入源となるのは必至です。


起業も一つの選択肢です。しかし、起業するにも起業し事業を継続するのは容易ではありません。必死にもがき苦しみ、やっと人様に認められ生きて行けるのです。上手く事が運ばないと、自分と家族を養うことすらままなりません。


私は起業することそのものについて否定はしません。寧ろ肯定派です。起業するには、今までの自分を大きく変化させる意思と力、そしてタイミングや社会環境の援助が必要です。起業を支援するコンサルタントが存在しますが、起業を勧めるなら最後まで責任を持って貰いたいものです。それも無償で支援してやって欲しいと思います。


コンサルタントは、参加者からセミナーと称する費用を徴収し、とりあえず自分の収入を確保しています。自分にかかるコストは、しっかり確保しています。そして、支援する際はコンサルタント料として、依頼者から定額若しくは一定額を徴収します。


自分のノウハウと経験を公開するのは確かにいいと思います。しかし、依頼者の事業が軌道に乗り利益が確保できるまで面倒を見て欲しいです。それも、最初からコンサルタント料を徴収するのではなく、成功報酬型にしてです。


参加費用を徴収しセミナーを実施するくらいの方ですから、起業支援について自信がおありだとお見受けします。依頼者を「確実に起業させたい」「儲けさせたい」「社会に貢献して欲しい」と真剣に願うなら、結果が出てからしっかりとコンサルタント費用を徴収すればいいのです。そうすれば、支援する側もされる側も、起業に対し真剣に取り組めます。


コンサルタント自身が安全地帯にいると思えるような方法で支援しますと言われても、責任の所在が明らかでないため信用できません。起業に失敗した責任は起業した本人が背負うのです。起業に失敗して借金まみれになり、人生を棒に振る人々が世に増えることになれば、その責任の所在は何処にあるのでしょうか。起業を思い立った本人だけの責任でしょうか。


起業に成功の法則はありませんし、数式で表せません。不確定な要素に左右されます。コンサルタント自身は確かに起業して成功していますが、コンサルタント自身のノウハウや経験がそのまま使えるとは思えません。唯一見習うとすれば、自分の成功体験が第三者にも通用すると喧伝する、厚顔無恥なところでしょうか。


私は過去に起業セミナーや独立開業支援に参加しています。それらに感化され、よしやるぞと奮起しましたが、全て失敗しました。事業計画で数字を並べるのは簡単です。しかしそう簡単に事は運びません。全て私の責任です。セミナーの講師からフォローは無く、責任もとってくれませんでした。参加するのが無駄とまで言いませんが、バラ色の未来を夢見るのは止めた方がいいでしょう。


話が横道にそれました。


進むも地獄、退くのも地獄。どうにもならない状況まで追い込まれると、最後には自分の命を絶ってしまう人もいます。時代は大きく変化しました。過去の栄光や成功体験にすがりついていてはいけないのです。


定年退職した人々の話を耳にすると、過去の栄光や成功体験をいつまでも引きずった会話が目立ちます。肩書や勤めていた会社の自慢です。私から言わせれば、「それがどうしたの?」です。当時は経済も右肩上がりに成長し、同じ会社で真面目に働いていれば自分の収入も増えました。「我々の時代は」に始まり、「今の若者は・・・」や、「大企業に就職すればいい」など、本当に無責任なことを言っています。


当時は経済と会社の成長と共に人々の生活も潤いましたが、当時のことを若者に言っても無駄です。過去の経験則が通用しない時代なのです。時代遅れの自慢話を聞くくらいなら、多くの中小企業経営者と出会い、彼らの経験談を聞く方が余程ためになります。



日本の自殺者数の推移 自殺者数の推移 内閣府より

  自殺者数.jpg

主要国の自殺率長期推移 社会実情データ図録より

  自殺率.jpg


相変わらず年間自殺者数は多いですね。多くの命が自殺によって失われています。OECD加盟国の中でも上位の自殺率です。貴重な人材が失われて行く世の中。これは日本にとって大きな損失です。


世間では、収入の多寡が影響しているとも言われています。しかし、近年の自殺者がこれだけ多いのは、本当に収入が影響しているのでしょうか。ウェブサイトでは、定説はないと書かれています。


もしかしたら、経済動向と自殺者に相関関係が無いのかも知れません。自殺者が増えている我が国日本。これで暮らし易い国、経済大国だと胸を張って言えるのでしょうか。



(収入と少子化の関係)

少子化が叫ばれていますが、子供が増えない原因の一つが収入の減少にあると言われています。年収200万円〜300万円では自分達の生活すらままなりません。私の子供もこのレンジにおります。


身近に存在している彼の暮らしぶりを目の当たりにしているので良く分かりますが、収入が手取り20万円では子育てなど出来るはずがありません。「共働きなら妻の収入が得られるからいいのではないか」と思われますが、妊娠し出産準備に入ると仕事を辞めなければならず、そこで収入が途絶えます。一度退職をしてしまえば、元に戻ることも現実として厳しくなります。


これでは少子化が解決できません。現代では、家族という最小のコミュニティ集団が破壊され、核家族化はもとより、一世帯あたりの人員が減ってきています。世帯数は増加しているのに、一世帯あたりの人員は減っている。生活コストが余計にかかる大変非効率な生活です。家族を解体してしまえば商品やサービスを提供するパイは増えます。しかしこれでは、エネルギーや資源の無駄遣いを助長する生き方です。


そう考えれば、大家族で生活するのは理にかなっています。生活コストが一世帯に集中し分散して暮らすより有効に使えます。以前は家族が同居するのが当たり前でしたから、おじいちゃんやおばあちゃんが子供の面倒をみてくれるので、安心して仕事に出られました。世帯収入に対して必要経費が少なく済む暮らしです。個人主義が蔓延した結果かもしれません。我々が選択したこの生き方は本当に正しいのでしょうか。



変化する世帯の姿 総務省統計局より

  世帯数.jpg

(大企業で働くことだけが全てはない)

世間にはまだまだ学歴崇拝主義の幻想があります。これに感化され、何のために学ぶのか目的も無く進学しようとする人も中にはいます。折角大学を卒業して高学歴になっても、フリーターや人材派遣会社で働いている人も少なくありません。学歴を重視する進学が本当に必要不可欠なのでしょうか。


そして高学歴を持った他人々は、大企業に就職を希望します。会社に勤めるだけが選択肢でないのに、それでもしつこく大企業に採用して貰おうと努力します。他に生きる道はいくらでもあるのに、何故か他を選択するのは消極的です。そんな心を見透かしてか、企業もおいそれと採用せず、何社受けても不採用。こうなると自身の人間性まで否定された気持ちになります。


これが本当に自分のやりたいことなのでしょうか。


本当にやりたいことを見つけたいなら、大企業でなくても見つけられます。それも仕事をしながらにして。もし会社勤めをしたいなら、私は中小企業をお勧めします。


大企業を目指すのは何故でしょう。ブランド力、収入面、安定した雇用、将来性など、様々な判断基準により選択するのでしょう。しかし、一生雇用が安定し、未来永劫繁栄する会社はありません。あってもほんの一握りです。パナソニックやシャープなどの事例が物語ります。


こんなはずではなかったと後悔する前に、これからは選択肢を多く持つ必要があると思うのです。勿論、選択肢を多く持てるようにするために、自分のスキルを磨いておく必要はあります。私が中小企業をお勧する理由は、中小企業は大企業より身近に経営者に接することができるからです。これでより実践的な経営感覚が養えます。


中には反面教師も存在しますが、その気になってみれば沢山勉強になる面があります。中小企業ほど自分が直接社会に接する線や面が多く存在するのです。中小企業ですからブランド力はありません。その反面、雑用も含めやる仕事は多く、結果として自分力が高まります。生き甲斐や新たな道が見つけ易いです。


その場合、何処に視点を置くかも大切です。同じ目に映るものでも、視点や考え方によって見え方は違ってきます。要するに自分がどうありたいかです。私も独立する前は、中小企業で様々な業務を行っておりました。今はその時の経験が大変役立っています。


大企業ほど組織で仕事が細分化され、自分のやっている仕事が何に役立っているのか見え難くなります。


日本では横並び精神が蔓延し、人と同じであることを是とします。反面、人と同じであることは、その他大勢の仲間入りとなり、人と同じ暮らしになり易くなります。


横並びの中では大きな変化は期待できず、それでも「夢を叶えたい」と願います。大きく変化したいなら、自分を変化させなければならないのに、人目を気にしてそれもやりません。世間体を気にしていては一向に変わらないことが分かっているのだけれど、世間体を気にしてそれをやらない。自動車に例えるなら、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるのと同じです。これでは前に進むはずがありません。



いずれにせよ、我々が住む日本を含め、世界の経済システムの限界が来ているように思えます。「努力すれば報われる」「努力すれば必ず結果は出る」「頑張れば見返りはある」等々、無責任な言葉が虚しく聞こえてくる今日この頃です。



posted by ヨッシー at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる
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