2015年06月16日

2冊の本を読んで


アランの幸福論について、それぞれの著者が内容について解説しています。両著者は、「人の幸せとは自身の感情により支配され、心の在り方によって左右されるのだ」と言っています。



確かに、自身の持つ感情により、同じモノや同じ現象が違って見えるのは事実です。



天気に例えるなら、澄み切った青空でも受け止め方によって違って見えます。燦々と日差しが降り注ぎ「なんて素晴らしい日だ」と思う人もいれば、日焼けを気にする人にとっては、強烈な紫外線受けることにより「なんて紫外線の強い嫌な日だ」と思うでしょう。



また、雨が降れば「しっとりとして落ち着いた気持ちなる」と思う人もいれば、「洋服や靴が濡れて嫌だ」と思う人もいるでしょう。



でも、どちらも同じ天気です。同じ場所にいる人にとって太陽は同じ光を放ち、雨も同じ量を降らせています。客観的事実に何ら変化はありません。それでも幸福に感じる人と不幸に感じる人に分かれます。幸福とは、万人において「これが幸福だ!」と定義できるものではないのです。



つまり、幸福とは人々の心の在り方によって、形を変化させるものなのです。ここに気づけば、闇雲に自身と他人を見比べて一喜一憂することもありません。自身が幸福だと思えば、それで幸福なのです。



更に、金銭の多寡や所有するモノの内容や質で決まるものでもありません。しかし、経済学はそれらを尺度に幸福を追求します。



日々テレビコマーシャルでは次々と新商品を発売し、今まであったものの価値観はどこへやら。今までのモノは何だったのかと思える程、あっという間に旧商品を陳腐化させます。一方経済学は、未来を過去の経験と現在置かれている状況から判断し予測します。でも、一体どうやってそれが分かるのでしょうか。明日、経済予想を行っている学者自身の命があるのかさえ分かりもしないのに滑稽ですね。



確かに便利な世の中になりましたが、万人が幸福になっていません。これは、経済学や科学が万能でない証です。



そもそも幸福とは当事者だけが体感できるものあり、幸福とは自身のみぞ知り得ることができるものなのです。幸福は誰にも定義できず、幸福がそれぞれに違う形を持っているのは当たり前のことだったのです。この2冊の本を読んで、私自身にとって「幸福とは何か?」が見えてきました。



      FullSizeRender.jpg



posted by ヨッシー at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/141948484
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック