2019年04月28日

雇用を守れなくなった企業

いや〜、まさかね。一生安泰だと信じていた企業でも、リストラが進んでいますね。それも、そうそうたる顔ぶれです。



私は以前サラリーマンに憧れていました。いや、サラリーマンでした。スーツを着てネクタイを締めて、毎朝決まった時間に会社へ出勤して、そこで仕事をする。時には残業や休日出勤もありますが、会社のお姉ちゃんといい関係になれ、毎月定期的にお給料が振り込まれる。夢のような?仕事です。


当時の上司に質問された記憶があります。「吉田君、君の夢は何かね?」「私の夢は、家を建てることです」「そうか、それならその夢に向かって今何をすべきかよく考えて行動しなさい」「わかりました」このようなやり取りだったと思います。


その頃は会社勤めをずっと続けるつもりでした。よし!家を建てるぞ!と夢を見ていました。しかし、仕事が忙しい。仕事に忙殺されると、どうでもよくなります。冷静に考える時間もなく、とにかく目の前の仕事を片付けることしか頭になかった。


自由に使えるお金もなく、結局、個人的問題もいろいろあり、よ〜く考えた結果、



会社を辞めることにしました(笑)。


今思えば、思い切って会社を辞めて正解でした。あのまま会社に在籍していたら、恐らく立てられても犬小屋程度だったでしょう。


当時はそれが、幸せの形であったように思います。会社員にあるのが当たり前で、自営業者や職人は生活が安定しない業種として見ていた人が多かったのではないでしょうか。


ところが今は、その考えは通用しない世の中になりつつあります。会社員であれば、無条件に会社が守ってくれるから何の心配もいらないと信じることができましたが、それも今では過去のもの。大企業がリストラする時代が到来するとは夢にも思わなかったですね。


そういった時代に突入した以上、現実として直面することもある。悲しいかな会社から戦力外通告を受けたら、潔く受け止めるしかない。会社が雇用を守れなくなったのです。


特別なスキルがあればいいが、会社内だけで通用していたスキルでは、他社へ行けば全く通用しないことは多々ある。


そこでいつそうなってもいいように、日々自分が一個人として通用するようにしておかなければならい。


常日頃から、いつでもバッターボックスに立てるよう準備し、チャンスが来た時にボールが打てるような状態を保っておく。目前にチャンスが来てから準備するのでは遅い。ボールが目の前を通り過ぎてからでは、ボールを打てない。この考え方が大切ではないかと。


過去に、植木等さんが歌っていた「サラリーマンどんと節」という歌がありましたね。「サラリーマン気楽な稼業ときたもんだ・・・」と。


今ならこんな考え方では、完全にリストラ対象者ですね。この頃はオリンピック景気で年間成長率が10%を超えていたようです。当時は高度成長期で右肩上がりに経済成長していた時代です。世の中ではモノを作れば売れ続け利益が上がる。その恩恵を受けた企業では労働力を継続的に確保するため、終身雇用、年功序列が当たり前になる。とにかく企業に属すれば一生安泰でした。


しかし、 近年、ソーシャル、モバイル、IoT、ビッグデータ、クラウドなどの出現で企業をとりまく環境とビジネスモデルが大きく変化し、そのビジネスサイクルも大変早くなってきています。もう、古き良き時代に戻れません。


「あの頃はよかった」とノスタルジックな感傷に浸っている場合ではない。例えるなら、別れた恋人に想いを馳せ、今でも戻ってくればいいのにと考えているようなものです。いずれ日本人も、海外へ出稼ぎに行かなければならない時代になりますよ。


果たして2020年のオリンピックは、過去同様に我々国民がオリンピック景気の恩恵を受けることが出来るのでしょうか。

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2019年04月20日

人間関係に悩んだら、ムーミン谷のジャコウネズミおじさんに聞こう

人間関係を消耗させてしまう人は、世の中に一定数存在すると思っていた方がいいようです。


そんな人は、約束を守らない、金銭面でルーズ、嘘をつくなど、こちらとして理解できないような対応を沢山してくれます。こちらが信用して付き合っても相手はこちらに依存しているようで、どこまで自分の利益のために相手を利用できるか、頭の中はそのことばかりのようです。


対等な関係を長期的に結ぶ生き方ができず、自己利益を追求するばかり。結局これでは人間関係を破たんさせてしまう。そして、破たんした後、また同じ手口で次の人間関係を構築しようとする。


これを繰り返していると、最終的に誰からも相手にされなくなる。まるで焼き畑農業のようで、やがて人間関係も再生不能状態に陥る。


もちろんそんな人に出会ってしまい被害に遭ったのは、こちらに人を見る目がなかったという落ち度はある。しかしそれを認めつつも、さすがに裏切られた時の精神的ダメージも大きく身が持たなくなる。これが原因で人間不信に陥ることもあり、精神疾患になり得ることさえある。


そこで、これから楽に生きるために、オーストリアの心理学者であるアドラー心理学が役立つのではないかと。


所詮、他人は他人です。どんなに一生懸命になったところで、他人を自分はコントロールできません。一生懸命に他人をコントロールしようとするからストレスが溜まります。そこで、アドラー心理学では、自分の課題と相手の課題を分ける「課題の分離」という考え方が必要だといっています。


これは、自分の人生をどう生きるか、どう行動を起こすかは「自分の課題」であり、それを他人がどう思うか、どう評価するかは「他者の課題」である。他人の承認欲求を捨てて、嫌われることを恐れないことで人は自由になれるそうです。


要点をまとめると、

⓵自分でコントロールできることと出来ないことを分けて考る。
A自分でコントロールできることは一生懸命に努力する。
Bコントロールできないことは囚われずにいることで楽に生きられる。

となります。


他人の考え方、自分に対する評価、相手の言動や生き方、これを変えようとするから疲れる。かと言って、無関心でいるのではなくアドバイスはする。しかし、アドバイスはするが、それを相手に押し付けないようにする。


よく「こうあるべき」「こうでないといけない」「なぜできない」「あなたのためを思って言っているのに」と相手に押し付けることがあるが、これは相手を思うようにしたい、相手に過度に期待する気持ちが働くからであり、これらは無駄な行為だと考えることが大切なようです。


自分に対する悪口もそうです。世の中には、誹謗中傷する人は必ずいます。そんな人に「悪口を言わないで」と言うのは無駄で止めさせることは無理でしょう。まさしくこれらは、自分でコントロールできない課題です。自分に自由があると当時に、相手にも自由があるから仕方がない。


相手が正しく自分が間違っていることもある。自分と相手は違う存在だと潔く認める。生まれた環境が違う、年齢が違う、考え方が違う、趣味が違う、好みが違うなど、相手と自分は違いだらけ。自分と相手は違うのだから、楽に生きるには過度な干渉をしなければいいだけです。


そこで、どうしようもない人だと感じた時に一番効果的な対策は、相手から距離を置くことです。そうすれば自分の世界から消え、自分の人生に相手は存在しないに等しくなる。これで相手をコントロールする気持ちも失せ、自分の課題だけに集中できます。依存し甘える相手には、この方法が一番効果的です。


自分の人生を生きるのは自分です。相手の人生に介入しようとして思うように事が運ばないとストレスが溜まるだけです。いくら自分が適切だと考えるアドバイスをしても、人は思い通りに動きませんからね。


もし、その通りに動いて失敗でもしようものなら、こちらの責任だといわれる可能性だってある。相手の人生を抱え込まず、無駄な労力を使わず、肯定的にあきらめること。ここが重要なポイントのようです。


んっ!?ここでムーミン谷のジャコウネズミおじさん(原作の誤訳により、マスクラットという動物だったらしい)の声が聞こえてきそうです。「ムダじゃムダじゃ…」とね。

posted by ヨッシー at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月16日

貨幣は我が家の飼い犬には無力だった!

人間だけですよ。お金の問題で人を騙し、裏切り、挙句の果てに命まで奪うのは。更に、争い、憎しみ、恨み、妬み、疑い、仕返し、いざこざ、不平不満、差別などを生じさせ人の心まで変えてしまう。


貨幣経済は、貨幣によって商品の交換を媒介している経済の一形態です。貨幣そのものに価値はありませんが、貨幣の額面分の商品やサービスを購入することができます。この貨幣に対する信用に価値があるのです。それも国に信用がなくなれば、おしまいですけどね。


今の経済では、商品を購入するためには貨幣が必要になり、人間と人間の間でモノやサービスの交換が行われる関係に貨幣という形態があります。電子マネーも同様で、決済には決済の手段(現金や預金など)とそれを前提とする決済の方法(振込、口座振替、小切手、クレジットカードなど)になる。 


従って人は、貨幣がなければ価値を計る基準を持たないし、商品やサービスを得るすべが無くなる。


時に貨幣を多く持つものは強者になれるが、持たざる者は無力である。世間では、多く持つものが強者だと認識される傾向は強い。たくさん得ることが出来れば称賛され、人格者だとさえ思われることもある。


貨幣を多く持つ強者は、これを武器として世の中を動かすことさえできる。この武器には流動性があり、他国に影響を及ぼすことも出来る。そして、この力はいつでも発揮できるから、某国が保有する核ミサイルより強いかもしれない。不思議な道具です。


だが残念なことに私も貨幣経済の中にどっぷり浸かっているのだから、この不思議な世界を受け入れそこで生きていくしかない。


そのようなことを考えつつ、我が家の飼い犬の目前に紙幣を置きます。


ここで貨幣経済に対して強い者は誰なのかを考えてみた。ひょっとしてそれは、貨幣価値に捉われない生き方をしている者ではないのかと。


目の前にいる我が家の飼い犬がそうだった。犬の処遇も飼い主よって左右されますが、ここではそれを考えません。

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目前に紙幣を置いても知らぬ顔。彼は強い!さすがの諭吉君も彼の前では無力です。寧ろ紙幣よりも、現物支給してあげる方が喜びます。


生き方や人目に拘らなければ、他にも貨幣経済に強い者はいるでしょう。


視点を変えると大切だと考えていることでも、全く価値がないように思えてくるのです。


それにしても我が家の飼い犬は贅沢になりました。私の晩酌のおつまみより高価なおやつを食べているからです。しかし、この私の気持ちを分かっているかどうかは定かでありません。


きっと、私が貨幣価値で判断してしまうから、そう思えてしまうのでしょう。我が家の犬は「今日も我関せず」です。貨幣価値という概念をもたないのですから、当たり前ですね。

posted by ヨッシー at 07:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月10日

マンパワーに頼るビジネスを見直す時代到来か!?

コンビニの24時間営業の見直しで取りざたされているとおり、最近、人手不足が目立ってきましたね。


コンビニはでは、サービスの内容が多くなればなるほどそれに伴い人力を必要としてきました。しかし、ここへきてそのビズネスモデルが時代に合わなくなってきているようです。


人手不足の原因として、日本でもっとも大きな人口構成比を持つ集団である「団塊の世代がリタイアした」ことが一つの原因だといわれています。労働力を確保するため定年延長されてきましたが、それでもリタイアする時期を先延ばししただけの効果しかなく、人手不足は深刻な問題となっています。


もはや省力化、省人化の流れになるのは必至で、これに乗り遅れると企業として存亡の危機に扮することになりそうです。更に、省人力の変化に乗り遅れると、販路拡大路線に舵を切ることもできなくなります。


これからは、できるだけ人を使わないようにする。この変化が求められるでしょう。


人が携わり手作業でやることに価値があると信じていたことも、「本当に価値があるのか?」「人がやらなければならないのか?」と考え直してもいいかもしれません。


例えば、おにぎり。手作りおにぎりは美味しいと思っていましたけど、別に手づくりでなくても美味しいです。かえって手作りの方が、誰がどのような環境で作っているか分からないので安心できない。それに機械の方が生産能力が高い。


あるおにぎり成型機は、毎時3,000〜5,000個の成型が可能だとあります。反面、手作りは生産性が悪く、どうしてもその分のコストを価格に転嫁しなければならない。営利を目的とするなら、製造原価に影響する人力でやる必要はない。機械導入時に設備投資金額は増えるが、人件費の削減で時間が経過すればペイできる。


レスキャッシュ(現金完全廃止のキャッシュレスではなく、現金決済の機会を極力少なくする)も同じです。観光地で未だにクレジットカードお断りのお店があります。支払いは現金だけで、人が受取りお釣りを戻す。この作業だけでも無くすか簡素化すれば、労働力の削減も可能になる。更に、テーブルの上でスマホ決済が出来れば、お互いにもっと幸せな気分になれると思います。


こんな面倒なことでは、いずれ「大変不便な店」と利用者に判断され、淘汰されてしまうかもしれません。今は、産業革命のときに起こった「ラッダイト運動」の時代と違い、労働力が不足しているから機械化せざるを得ないのです。


しかし、いずれ省人化が進行し社会の中に浸透していけば、人手不足は解決できる。とは言え、全てが自動化できないですから、自動化できない分野に携わる人は生き残り、自動化の可能性が高い仕事をしている人は生き残るのが困難になる。いずれ、二極化するでしょうね。


機械が出来る仕事は付加価値が生み出せないから労働単価も安くなる。「私は、1時間におにぎり300個作れます」では、機械に敵うはずもありません。


18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命の時代は、機械の進歩や普及により、生産効率自体が飛躍的にアップして企業の生産力が向上しました。そして、増えた分の利益が資本家から労働者たちへ給料の形で還元されます。これで、彼らの所得が増え中産階級が生まれた。


果たして現代はこの図式が成り立つのか、甚だ疑問です。それとも、気合を入れて、今からおにぎりを1時間あたり3,000個作れるように努力しますか?

posted by ヨッシー at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月04日

ファックスDMの迷惑さは切腹ものだ!

毎日のように送信されてくる、ファックスDMが鬱陶しいです。


昨日送信されたきたのがこれ。ファックスDM


本当に勘弁してください。


外出先でいきなり遭遇した、通り雨より鬱陶しいです。


お店で注文したオムライスが、なかなかテーブルに運ばれてこないほどイライラします。


これ、紙とトナーの無駄遣いです。もちろん、その費用は受信側負担です。


止めてください。あなた様の営業内容に必要性を感じたなら、私の方から連絡いたしますから。


営業のアプローチ方法として、テレアポリスト・DM送付先リスト・メールマーケティングリストを送るとありますけど、実践するのはやめてくださいね。


・テレアポは話す時間が必要になりますから、時間の無駄です。

・DM送付はゴミ箱へ直行しますから、ゴミの量が増えて彦根市の財政を圧迫します。リサイクルする価値はありません。

・メールは即削除しますから、スパムメールと同じで読みません。


DMにある無料プランなど、全く興味をそそりません。


「無料!」「今だけ!」「限定〇〇名様」「今がチャンス!」「簡単に楽に」誘導しようとするキーワードが満載です。


「簡単に誰でも」や「無料」で引き付けて、その後に高額プランに引き込もうとする魂胆が丸見えです。


良いサービスには、それなりの費用がかかります。それでも無料とするなら、その裏で低収入で働いている誰かがいるのかも知れません。


顧客層のセグメントができているかどうかもわからないから、営業先リストをいただいてもね〜。


そして、このファックスDMと同じことを繰り返すこともあり得る。


これでは迷惑営業が拡散する訳で、私の様に不愉快な思いをする人が増え続けます。


一方的に送られてくるから、毎年私を悩ませるスギ花粉のように防御しようがない。


おまけに、「送信不要な方はお手数ですが停止受付へご返送ください」とある。


おいおいおい。どれだけ相手に手間をかけさせる気ですか?


あなた様から勝手に送りつけてこられたDMに対して、こちらが更なる労力を投じなくてはならない?いい加減にしてください。新正堂の「切腹最中」を持って、謝りに来て欲しいくらいですよ。


こういったところは、一方的で自分の都合ばかりを優先していますよね。


いままで送られてきたファックスDMで、私が必要だと感じことは一つもありませんから。


そりゃぁ、そのうち下手な鉄砲でも数を撃ち続けていれば一つくらいは当たるかもしれませんけど、その流れ弾が関係もない人に当たりそうになり、迷惑しているのをわかっていただきたいのです。

posted by ヨッシー at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記