2015年07月31日

人員削減が加速されます


以前のブログにも書いておりますが、更にロボットが人間の仕事を奪っていく流れが加速されそうです。

Kiva Systems



こんなホテルも開業されました。


変なホテルウェブサイト


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            ITmediaより



なかなか素敵なロボットですね。


これなら、休憩時間も交代要員もいりません。労働組合も作らず、労働保険や社会保険の加入もいりません。感情が無いので文句も言いません。プログラムに則り従順に仕事をこなしますから、万人に平等なサービスを提供できます。退職による人員不足や新規採用に頭を悩ませることもありません。これなら、初期の設備投資とランニングコストだけで済みます。


いよいよ時代はここまで来ましたか。



今まで人間が担ってきた仕事が、どんどんロボットに置き換わっていく世の中です。こうなると自分の携わっている仕事が、いつロボットに置き変えられるか戦々恐々とします。ロボットに置きかえられた仕事しかしていなかった人々の就業の場がなくなり、余剰人員が発生する要因になります。



ロボットが出来る職種の有効求人倍率は低くなり、ロボットが出来ない職種は高くなる可能性もあります。現時点でも、事務職は有り余っているのに、建設業関係の人員は不足しています。同じ様なスキルを持った人が多過ぎるからです。下記サイトが分かり易く事実を説明しています。


「職種別有効求人倍率」から読み解く、いま現在の採用難易度    エン・ジャパン株式会社ウェブサイトより



統計データは正直で正確です。



これからの日本は労働人口が減少する傾向あるため、業種によっては母集団を確保するのが困難になるとあります。そうなると、今後益々ロボットの活躍する場が増えてきそうです。反面、ロボットに置き換えることが出来ない職種は更にニーズが高まるでしょう。



求人も需要と供給のバランスで決まります。ホテル業界でロボットを導入したのも、サービス・接客職の有効求人倍率が高くなりつつありため、導入に踏み切ったのでしょう。



そうなると、この減少を危機と捉えるかチャンスと捉えるかで、人生が大きく変わってくると私はと思います。今後も安定的無収入を得て、ロボットに置き変わらない仕事を続けたいなら、職種の選択も生き残るための重要な要素となってきます。



ロボットにできない仕事が出来ればいいのです。もちろん一朝一夕でできるものでありませんから、視野を広げて将来を見据えた動きが必要です。



総括すれば、人とのコミュニケーション能力に優れ、人の心が分かる人材で、仕事の管理と人の管理能力がある人材が求められています。その人材が不足しています。円滑な人間関係を築くスキルはロボットにないからです。人間しか出来ない極め細やかなスキルを持った人は、これから益々もてはやされるでしょうね。営業職もいい選択だと思いますよ。




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2015年07月30日

寝ていない自慢は自慢にならない


【睡眠の科学】寝不足だと脳は老廃物だらけに・・・眠るのが大切な本当のワケ TABI LAVOより



こちらを読めば、脳の再生産にとって睡眠は大切であることが改めて認識できます。こちらによると、睡眠不足は労働生産性が落ち、特に頭脳労働を行う人々にとって、良質でありかつ十分な時間の睡眠は欠かせない様です。



科学が発達し睡眠のメカニズムも、過去と比べて明らかになってきており、脳にとって睡眠が老廃物の浄化作用になるとは驚きます。



昔、私の周りにも寝ていない自慢の人がいました。「昨日は午前3時まで仕事をしていて、殆ど寝ていない」「毎日2〜3時間程度しか寝ていない」などと言っていました。かと言って、そう言っている本人は満更でもなかった様です。今思えば、自分は睡眠時間を惜しんでまで一生懸命に働いていることをアピールしたかったとしか思えません。



今なら寝てない自慢の人に、こう忠告出来ます。「貴方は非効率な仕事をしているか、それほど脳を使う仕事してないかのいずれかである」とね。



しかし、こうもストレートに言ってしまえば、喧嘩になるかもしれませんね。



疲れたら早めに就寝し、翌日の早朝からスッキリした脳で仕事をすれば生産性は高まります。また、アルツハイマー病の一因も取り除けるとくればいいことずくめです。ライフスタイルを改善するだけで、金銭的負担が発生しないのも嬉しいところです。



仕事が出来る人程、睡眠をしっかりとっている様です。




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2015年07月28日

首位でなくてもいいのでは?


別に首位でなくてもいいのでは?




当たり前の話だが、首位になればその上は無い。首位をキープ出来なければ下に落ちるしかない。首位陥落を避けるため努力に努力を重ねるが、落ちないための心理的負担は大きくなり、眼下にあるライバルの存在を常に気にすることになる。


また、世間の身勝手な判断基準により、会社の業績は好調なのに簡単に失格者の烙印を押される。


首位から陥落する恐怖は、首位でいられない不満より大きいのではないのかと思える。


別に会社として利益が残せればそれでいいのではないのか。こんな風に見られると、日々切磋琢磨して首位を目指し、努力を積み重ねている時が一番楽しい様に思える。


首位の存在を目標にし、尽力しているその姿こそ幸せの姿ではないだろうか。




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2015年07月27日

海外に行くだけがグローバル化か?


海外から観光客が増え、様々な国から訪問する外国人が日本の至る所で目にする様になった。円安の影響もあって日本旅行や買い物がリーズナブルになったのも一因だと言われている。これだけ海外の人が多く訪問する様になると、日本人のビジネスもグローバル化しないと生き残れないと、世間では当たり前の様に言われている。



とは言え、何も海外進出するだけがグローバル化では無いと言いたい。日本国内にいたって、外国人相手の仕事はいくらでも出来る。日本人同士のビジネスも沢山ある。ましてや、生活環境や治安、食事の質においては、現在においても日本はトップレベルである。



皆がグローバル化を目指すべきなのかどうかが、果たしてそれが真実(正しいのか?正しくないのか?ではない)なのか自分の中でよく考えてみた方がいい。



幸いにも日本国内において、大手企業が見向きもしない隙間的なビジネスがまだ多く残されている可能性は高く、小さな分野でオンリーワンを目指せばそれほど競争しなくても済む。何もカントリーリスクを冒してまで無理に海外でビジネスする必要はないと思っている。



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世界の一人当たりの名目GDP(USドル)2014 引用:世界のネタ帳



特にスモールビジネスに言えることだが、海外マーケットを相手にビジネスをしようと思えば、そこに住む国民の年間所得にされる。海外に多数の拠点や工場を持っている大手なら話は別だが、スモールビジネスはそこに住む人々の年収によって自分の得る収入も決まってしまう。



従って、高価な日本の商品を現地に持って行っても、購買力の無い人達には売れない。売れても期待する程の収入は得られないと思われる。本人が、生活の質やレベルを落としてもいいと言うなら話は別だが・・・。



大きな夢を抱くのは構わないが、海外進出に余計なコストを掛けるくらいなら、もう少し日本国内のビジネスに目を向けてもいいのではないか。自身の足元に商機が沢山あり、もしかしてそのチャンスを見逃しているだけなのかも知れない。



確かに海外でビジネスを行っていると言えば、いいイメージを抱く方が多いかもしれない。しかし、ここで肝心なのは、どれだけお金儲けが出来ているかである。



自分が稼ぎたいだけ稼ぐことが出来ればそれで成功だ。働くフィールドこそ違えど、最終的には結果が全てとなる。だったらどこでビジネスを行おうが同じことである。





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2015年07月21日

労働生産性の低下


起業は、自宅で気軽にできるビジネスから店舗オーナー、インストラクター、コンサルタント業など様々あるが、できれば自分がこれまでに培ってきたキャリアや経験を生かせる事業を選択するのが望ましい。



もちろん、全く畑違いの仕事にチャンレンジする精神は確かに大切であるが、先ずは自分の勤めていたい会社の業務や、それぞれの持つスキルに合わせた業種選択を行うのが賢明だ。



無論、従業員として働く選択肢もある。将来的に従業員として生きる道が閉ざされた訳ではない。しかし、非常に厳しい時代であることに間違いはなく、今後も改善される見込みはないと考えられる。



会社から従業員に支払われる賃金は高齢になると生産性が落ちる反面、企業としてその分付加のある賃金を支払うことになる。生産性が落ちるのにコストが上がるのは、企業の競争力低下を招くため、経営者側として出来れば避けたいところである。



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企業側が支払うコストは、従業員が得る収入の同額〜1.5倍必要だと言われている。保険料、福利厚生費、交通費、従業員に与えるスペース、机、通信機器、車両、パソコンなど、多岐に渡る諸費用発生するためだ。従業員に支払う給料以外に、企業として最低限この分の費用を稼がなくてならない。



売り上げの減少や利益率の低下が起こると企業経営に直結するため、必要経費すら稼げなければ給料アップに踏み切れないのは確かであり、今後、競争力の無い企業が生き残るためには、これからもリストラや子会社への出向、非正規雇用者の活用など、人員整理やコスト削減が加速されていくとも思われる。



一方、大きな会社組織という環境に置かれている従業員にとって、自分に支払われている総コストがなかなか見えてこない。そこで自分達に支払われているコストについて、こう考えてみてはどうだろうか。



例えば、粗利益率30%の会社があるとしよう。年収500万円の従業員は必要コストを含め2倍と考え、企業側として年間1000万円の総支払額が生じるとする。これに対する必要な売上金額は、約3333万円となりこれがペイライン。このラインを超えると企業の純利益となり、反対にこの金額を割り込むと企業にとって赤字となる。



これで自分は会社に対し、自分がどれだけ会社の利益に貢献しているのか分かる。一所懸命働いているつもりだろうが、自身の能力を冷静に判断する材料となる。参考までに大手企業の財務状況がネット上で公開されているので、従業員一人当たりの純利益金額も計算できる。計算してみると、それが以外に少ないことに驚くはずだ。



利益を最大化するため、可変資本である労働力に経営者がメスを入れたいと考えるのは経営者にとって必然となる訳だ。



ところで、最近の若者の起業意識は低くプライベートを優先していると世間で聞くが、日本経済の発展にとってマイナス要因になるかも知れない。しかしながら、見方を変えると我々にとってライバルが少なくなるので有難いことであるが・・・。




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2015年07月16日

What did you think of this picture?


これでは街頭で大声を張り上げているデモ隊や市民活動家と変わらない。皆さんはどう思われますか?



間接民主制(かんせつみんしゅせい)とは、民主主義における政治制度のひとつ。代表民主制、代議制ともいう。議会制民主主義と同義である。選挙などのある一定の方法によって民意代表者を選出し、自らの権力の行使をその代表者に信託することで、間接的に政治に参加しその意思を反映させる政治制度をさす。ウィキペディアより



 What are you looking at?

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          産経デジタルより

        

 Please pick up all your trash and take it home, or you will be laughed at.


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          trends maniaより

          

posted by ヨッシー at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年07月15日

人も動物だ


仕事は男女関係に似ている。人は自分の持つモノを売り込み、その売り込むモノが最大の効果を発揮すべく相手を求めて行動する。誰しもこの人だと思う相手に自分という商品を売り込み、相手を満足させて良好な関係を永続させたいと願う。これは動物の生殖本能と同じである。



しかし、どんなに相手がいいモノを持っていようが、自分を売り込めず、また、相手に魅力を感じて貰えなければ関係すら構築できない。自分も動物であり相手も動物である。私もそうだが、嫌いな相手、気に入らない相手と一緒に過ごすことはできず、もし仮に一緒に過ごせたとしても長続きしない。これは仕事にも恋愛にも同じことが言える。



でもここで一生懸命努力しても相手に共感して貰えない時もある。だが、落ち込まなくていい。自分の気持ちを押し殺してまで、無理して気に入って貰おうとしなくていい。合わないものは合わないのである。自分が合わないと感じている人は、相手も同じ感情を抱いている可能性が高く時間の無駄になるだけなので、新たに気の合う相手を探せばいいだけだ。



顧客満足とは何か?いい商品だから、安いからだけでは相手は納得しない。相手に満足を与えるのは、商品価値以上のもう一つの何かがあるに違いない。私は、顧客満足とは人間関係の満足ではないかと思う。



そこには、我欲だけでない人間関係を満足させる何かを持つことが大切だ。顧客を取り込んで価値向上と顧客満足の好循環を確立し永続させるのも、お互いの人間関係の満足が有ってこそ初めて成り立つのだろう。



どんなに文明や科学が発達し利便性が向上しても、それを利用するのは人だ。男女関係と同じく、気に入って貰える相手を如何にして見つけられるかどうかで、人生が大きく変化するのではないだろうか。



その人間関係を満足させるモノとは何か?



それは経験と学習から培われるモノであり、決して誰かに教わるモノでなく形を持たない。人それぞれに形を変え、その人個人の持ち味となるモノである。付け焼刃如く、同じ真似をしても出来ない。これは自分で作るしかないモノのようで、人間的魅力と言われるモノがこれに該当するようだ。




posted by ヨッシー at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年07月11日

Do you believe in God?


どうやら、物事をツキの流れに反し無理に進めると、仕事や人生において上手く事が運ばないようだ。自分の身を持って体験すると良く分かる。



ここ数年に渡り新しい仕事にチャレンジしてきたが、流れに逆らっていたのか予期しないトラブルに見舞われる機会が多かった。当然トラブルや問題が発生する度に対処するのは当たり前だが、やっと解決したと安心しても、また違うトラブルや問題が発生する。そして、また次から次へとトラブルや問題が発生し、時には解決すらできないことすらある。



勿論、新たな仕事をする上において、誰も失敗したくてやる人はいない。自分の打ちたてた目標や、成りたい自身の姿を思い描き、それを実現させたいから行動するのは当たり前の話だ。しかし、どんなに知恵を絞り様々な手を打ち努力しても、上手く事が運ばないことは多々ある。仕事の協力を依頼した人に断られ、様々な金銭的問題が生じ、挙句の果て仲間に裏切られる始末。



進むべき目標を見失い、間違った努力をしているのかも知れないが、それを引き留める何らかの力が働き、これ以上やってはいけないと邪魔しているのかとさえ思える。それ程、上手くいかない時はいかない。



無論、その流れに逆らい努力を重ね、成功の果実を得る人もいるだろう。しかし、いくらやっても解決のために要するコストや時間ばかりが膨大にかかり、経営を圧迫するような事態になれば、それは何かの流れに逆らっているからだと思った方がいいかも知れない。



そんな時は一度立ち止まり、冷静に考え自問自答すべきだ。川の流れに逆らうと大きな力が必要なのと同様、無理に事を進めると大きな力が必要なり、最悪の場合は命まで失うことに成りかねない。時には撤退する勇気も必要となる。



「ツキ」の言葉一言で片づけていい問題ではないが、こうも新規事業で度々トラブルや問題に巻き込まれると、本当に何かあるのではないかと疑ってしまう。成功するか失敗するかは表裏一体の問題である。やりたい人は努力を重ね、成功するまで続ければいい。しかし残念ながらそう思えるほど、私に残された時間は多くない。



努力している人に大変失礼であるが、実際に経験してみれば全ての努力が実を結ばないことがよく分かる。



我を押し通すのもいけない。実は前回も前々回も常に我を通していた。要するに私のエゴイズムだった。私はいつも傍にいてくれる幸運の女神様の忠告やアドバイスに抗い続けていた。抗い続ける私に対し女神様は、「勝手にすれば」とのスタンスだった。しかしその結果、女神様のご機嫌を損ねたようで、手痛いしっぺ返しを受けることとなる。



幸運の女神様に抵抗してはいけないと、これでよく分かった。これ以上の辛い思いはもう勘弁願いたいので、あれ以来女神様の判断を仰ぎ、女神様仰せの通りに行動することにした。するとどうだろう。全て上手く事が運ぶではないか。私にとってこのまま女神様に忠誠を誓い、本業に勤しむのが人生の本流だと思われる。と、そう勝手に解釈するとしよう。




posted by ヨッシー at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年07月08日

現在(いま)を生きる


不思議な時間観念

時間とは不思議なモノだ。決して目で見ることはできないが、ただ無慈悲に刻々と過ぎて行く。そして時間は、人々が不幸か幸福かに関係なくお構いなしに過ぎて行く。考えれば考える程、本当に不思議なモノだ。



我々には、時間と言うモノを目で見て把握するため時計があるが、時間という観念を数値化しているだけであり、それは時間そのものではない。また我々は、この時間が永遠に続くだろうと勝手に思い込み、時として永遠を手に入れられたと誤解している。



しかし残念だが、我々人類に確実な未来はない。未来が確実にあると思い込ながら生きているに過ぎない。全ての人々にとって同じことが言え未来など存在しない。我々の人生において確実に訪れる「死」があるが、これも現在にあるモノだ。そんな「死」さえも正面から向き合わず、明日、明後日、その先々があるが如く我々人は振る舞う。



そして時間が常に沢山有るモノだと誤解し、悪戯に無駄な時間を過ごす。今ここにある「死」を全く受け入れようとせず、今ここで自身に起きるべくはずがないと信じ生きている。確かに死んだことが無いので、自身の「死」について考えることはできない。だから考えないようにしているに違いない。



「死」は無になるのだから無いモノになるそうだが、私はまだ死んでいないので良く分からない。だが死んだ人と連絡が取れなくなるので、無になることは無いモノになると考えた方が良さそうだ。とは言え、死んだ後どうなるのかを考えても、無いモノだから考えられないのも事実だ。ここで仮に、無になるとするなら死後も無いのであり、死後が無いのなら時間の観念も存在しないことになる。



ここで結論として時間について色々考えると、今は「死」の状態でなく生きている状態だから、観念として存在する我々の時間は現在(いま)しかないのである。




我々の持つ時間は現在(いま)しかない


人が認識する時間の流れは人から見た場合、「過去→現在→未来」になるとする。未来に向かい進む形である。人はこれらを認識し観念として時間が有るから、人には過去が有り未来が有ると信じている。しかしこれは人側から見た都合であり、時間にとって過去、現在、未来の流れは無く、現在(いま)しかない。



そうなると結局我々の持つ時間も、現在(いま)しか無いのではないか。我々の言う過去は、確かに自分が歩んできた軌跡であるが、そんなもの目に見えず、有るのは自身の中に有る記憶だけだ。その記憶を過去と言い、もし記憶を喪失すれば、少なくともその人自身の中において過去など無くなる。未来も同じで見えない。勿論、未来が本当に来るのか来ないのかすらよく分からない。未来が有ると人々は言うが、そこには未来が有り必ず来るのだと期待し、信じているから未来が有ると言っているだけではないか。



何度も言うが、我々には現在(いま)の時間しかないのだ。無いモノ(過去と未来)を有ると考えていても、無いモノは無いのだから、ここに有る現在(いま)を考え、生きるしか我々の選択肢は無いのである。



ここに有る現在(いま)を一生懸命生きた結果、我々が未来と認識していたものが現在となって現れ、素晴らしい記憶と言う過去になる。こう考えると現在(いま)を生きることしかできないようだ。



「明日からやろう」「もう少し時期を待ってから」「あれさえなければ、これさえ解決すれば」などと人は言う。これらの言葉は未来があると信じて発せられているが、我々には現在(いま)しかないのだ。未来は無いと思えるなら「明日やろうは、馬鹿野郎」の言葉も妙に納得できる。



そこで「現在(いま)やりたいことをやらなければいつやるのか?」と言われる言葉の説得力も増し、現在(いま)を一生懸命生き努力している者こそ、期待した好結果を得られる確率が高くなるのも頷ける。



我々は明日に繰り越す時間などなく現在(いま)しかない。現在(いま)に自分自身が納得し満足できないのは、今そこに有る時間を、有効に用いていないからではないだろうか。



とても素晴らしい言葉だ。

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          講談社発行YMKC 賭博破戒録カイジ1巻149Pより引用




posted by ヨッシー at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる

2015年07月04日

お金は人に貸さないに限る


お金の貸し借りは、貸す人も借りる人もストレスがたまる。貸した人(債権者)は、いつ返済して貰えるのかを心配し、借りた人(債務者)は返済(期限や金額)に生活が縛られることになるからだ。



これが金融機関から借りたお金であり、もしこれを返さなければこの社会では失格者(私も経験しているが、これは大変辛い)の烙印を押される。



個人間の取引でも信用が棄損し、最悪の場合人間関係に亀裂が入り修復不可能な事態となる。金額の多寡も関係に影響し、金額の小さいうちは借りた人の立場は弱いが、金額が大きくなった場合は、反対に貸した人の問題となる。



ここで貸した人は「いつ返済して貰えるのか?」「返済が滞ったらどうしよう」などと、いらぬ心配で心の中が支配される様になる。そして案の定返済が滞り、相手に対して度々催促をするような状態になると、いつの間にか互いの立場が逆転してしまう。



そして借りた人が貸した人から度々催促を受けると、相手に対する憎悪の念が芽生え始める。返済を迫ると「返すつもりだ」「もう少し待ってくれ」から始まり、挙句の果てには「少しくらい待ってくれてもいいではいか!」「度々しつこいな、分かっているよ!」などと、悪者扱いされる。



借金することを自分自身で決めたにも関らず、これが第三者や世間の恨みへと変化する。挙句の果て「俺の責任ではない」「あいつが悪い、世間が悪い」と責任転嫁を行うようになり、最後には連絡しても電話にも出ず、ほうかむりを決め込み、督促の嵐が過ぎ去るのを待つ。無論、返済はしない。そして劣悪な状態で、互いの人間関係も終了する。無責任な人にお金を貸すと、大体この様なパターンに陥る。



それならば一層のこと、個人的に借金を迫られたら、貸さない方がお互いのためになる。お金を貸してまでして助けたのにそれすら棚上げし、延々と嫌みごと言われ悪者扱いされるくらいなら、最初にきっぱりと断った方がスッキリしていい。



相手に嫌われるかもしれないが、これで嫌われるならその程度の人間関係だと諦めればいいだけだ。面倒な人が自分の目前から消え去れば、こちらとしては本望である。ここでお金を貸さないと決めたなら、体裁をとりつくろってはいけない。相手に嫌われてもいいと思う勇気を持つことが大切になる。



さもないと相手の苦しみが自身に移転されることになる。お金の貸し借りには気を付けたいものだ。




posted by ヨッシー at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | お金

2015年07月01日

Our life consist of time.


一般的に時間は、万人に平等に与えられているものだと考えられています。しかし私は、「与えられた者が使い方を誤ると、決して平等ではないモノだな」と、考える様になりました。時間は使い方の上手い下手によって、その後の結果を大きく変化させるモノなのです。当然、時間を有効に使えればやりたい事が出来ます。また結果も違ってきます。


時間を作りだし有効に使うための方法として、

@睡眠や遊興に使う時間を削減する
A時間の組み合わせを工夫する
B他人が奪う時間を最小限に抑える

があります。


@の方法は、自分の目標を実現するためなら当然ですが、今までと同じ時間睡眠を摂り、遊んでいてばかりいては目標達成は困難になります。今までと違う何かを行う訳ですから、今までと同じ生活態度ではいけません。現状を変えたいなら、変えるための時間を確保し、その確保した時間で違う行動をする必要があります。

勿論、それらには苦痛が伴います。楽して何事も成せません。楽は苦痛を味わい結果を出してからすればいいのです。


Aの方法は、隙間時間を有効活用すればいいと思います。誰しも移動に要する時間があり、約束が突然キャンセルになることがあります。そこで空いた時間で何かをするのです。

@に通じる行動になりますが、削減する時間に限度があります。睡眠時間を削ってまでやると、効率が悪くなり身体のために良くありません。5分でもいいから、目標に向かう行動を実施するクセをつければいいのです。この積み重ねが他人と違いを生み出します。新たな行動が生活の一部になってしまえば、行動しないとかえって気持ち悪くなります。そうなればしめたものです。


Bの方法は、他人との関りを極力少なくすれば解決できます。他人との関りで消費する時間は、仲間内で実施されるイベントやセミナー、SNSのやり取り、メール対応などがあります。

先日も書きましたが、人生の苦難や悩みの多くは、他者との関係によって生み出されています。それならば、他者との関係を必要最小限に抑えればいいのです。そうすれば時間が有効に使え、トラブルに巻き込まれたり悩み事を抱える可能性も低くなります。

これを実践した私は良書が多く読める様になりました。良書から知識を得ることにより知恵が膨らみます。考える時間を増やすためにも、これはいい方法です。


頭で分かっているけどやらない理由付けをし、問題を先送りしたがるのは人の性かも知れません。ダイエットや筋トレを楽に成功さる画期的方法がないのと同じく、自分に厳しくなければならないのは確かです。


posted by ヨッシー at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記