2014年09月24日

実践してみて分かる筋トレと仕事の関係

筋トレは辛い。

何故かと言うと、自分が立てた目標に向け、日々黙々と単純で非生産的である地味な活動を続けなければならないからである。誰かに褒めてはもらえず、誰と競争する訳でもない。

それでも辛い筋トレをするのは、自分の中に絶対的価値観があるからだ。更には、今の自分を自分自身が許せないからだと思う。

自分の体が醜くなれば、心配してくれる人も中にはいるが、誰がなんと言おうと自分で動かなければ何も変わらない。

しかし、時には心がこう囁く。

「これくらいでいいだろう」「そこまでやらなくてもいいじゃないか」「明日があるよ」「もう帰ろうよ」と。

この声の聞こえる時が一番辛い。自分の痛みは自分が一番よく知っており、自己防衛反応が働くのだろうか、正直止めたくなる時もある。もしここで止めても、誰にも文句を言われないのも始末に悪い。

そう考えると、自分との闘いであることに間違いない。


仕事もこれに通じるのではないだろうか。

日々、自分が立てた目標を達成するために何を行い、どうするべきかを常に考え行動する。

そこには他人の意見や世間の常識など関係ない。自分の絶対的価値観のもと、目標に向け要求されたタスクを確実にこなすだけ。

もちろん、そこに派手さはない。特別なルールもない。当たり前過ぎて誰も振り向いてはくれない。しかし、その重要性の大切さは自分が一番分かっている。

そして、地味ではあるが苦しみながら自分自身と闘い、自身の立てた目標を達成した後、満足感と幸せが味わえる。

闘うのは自分であり、決して他人ではない。いつも行動を共にする自分に勝つのみ。

上を見れば限(き)り無(な)し、下を見れば限り無し。今の自分は誰と比べているのか冷静に判断しながら、地道に着々とこなしていく。

自分自身を敵とみなせればいつでも対峙できる。また意識の持ちようでいつでも容易くコントロールできる。

これは簡単にできる。自分に厳しくなればいい。

ここで気をつけたいのが、必ず自分の目標に対して行動を進めること。人と自分を比べているうちは、いつまで経っても辛いだけで、目標が見えてこない。

私にはボディビルダーの様な筋肉はついていない。彼等と比べてしまえば私は劣る。でも、これでいい。それが私の目標でなく、比べる必要がないからだ。

とは言え、自分の立てた目標に対してなら確実に達成している。他人と比べる愚かさに気づけば、自分は目標を達成し、十分に満たされている。

常に筋トレの辛さは変わらず、仕事も最初から楽して稼げやしない。ある本にも書いてあったが、筋トレと仕事の考え方は通じるものがある。

どうやら正しい方法で努力(間違った方法でやる筋トレと仕事は逆効果)をすれば、どちらも結果が伴うことに間違いなさそうだ。


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2014年09月17日

人は自分が幸せでなければ、人を幸せにできない


人は自分が幸せでなければ、人を幸せにできない。人を幸せにすることができるのは、自分の欲求が満たされてからだと私は思っている。



自分もそうだが、自分の生存欲求が脅かされているのに、他人様の幸せまで考えている余裕などない。自分が生存できなければ、最小コミュニティである家族さえ養えない。



まず自分が努力し、求が満たされることにより、この世に奉仕できる存在になる得ることができる。人は心に余裕が生まれてから、初めて人のために生きられるのだ。



「他人様を幸せにするのだ」と、綺麗事を言う前に、自分が幸せになれるように努力すべきだ。家族でもない、親族でもない第三者のため、自分の時間とお金を提供するのはそれからでも遅くはない。



自分が努力して大きな収入を得て、自分の欲求が満たされ、そしてその後、余剰分が弱者に配分されることにより社会保障が充実する。



これらの表現方法は、なにもボランティア活動や社会啓発活動だけではない。表現方法はいくらでもある。大袈裟なパフォーマンスで、目立つ必要もない。自分の出来る範囲内でやれることをやればいいのである。



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2014年09月08日

健康メニュー導入で会社の利益に繋げる


病気の人を健康な人が支える、保険制度の原則からすれば仕方ありませんが、高齢化が進み2008年に高齢者医療制度が施行され、健保保健組合は制度の疲弊を起こし、財政は崖っぷちの状態にあります。


一方で経済は未だ厳しい状況にあり、健康保険料収入のもととなる給与や賞与など所得の伸びは期待できず、今後負担をいかに抑えるかが課題となっています。


そのような社会情勢の中、国民が病気にならないための健康な体作りが益々重要な意味を持つことになります。これは企業経営にとっても重要な課題となります。


企業にとって、社員の健康を良好な状態に維持することにより医療費の支出を抑え、生産性の向上が期待できるからです。社員が欠勤していると、企業にとって社員が長期欠勤している間も社会保険料の支払いは引き続き必要となり、解雇ないし退職が確定するまで、延々と保険料の負担が積み重なります。


そこで従業員の健康管理に重点を置き、具体的な取組みを実施すれば、企業として欠勤による機会損失をなくすことができます。


大手企業において、医療費負担を引き下げる目的の健康改善プログラムが各種開発されていますね。しかし、どんなにいい取り組みでも、社員のモチベーションを高めないと長続きしません。そこで社内で健康プログラムの導入を加速させるため、何らかのインセンティブ・システムが必要不可欠となります。目標を達成した人には健康な人に対し、不健康で目標を達成できない人より優遇するのです。


そうです。人はやれと言う号令だけで、自分に対する利益が無いと、なかなか動きづらい生き物です。ましてや、新たな行動を起こすとなると尚更です。そこで、何らかの仕組みが必要となります。


例えば、BMI値、体重や体脂肪の管理、禁煙・禁酒など項目を決め、それらの社内数値目標を設定します。通年して真面目に取組み基準値をクリアすれば、報奨金や商品券などを渡すのです。


世の中には様々な経営ツールがあり導入されている企業も多いですが、それも全て従業員の健康の上に成り立ちます。私達の業界もそうですが、従業員の健康管理にもう少し目を向けてもいいのではないかと思います。


会社経営において、人件費の抑制が大きな課題となっている中で、欠勤者がでても、それを補うための余剰人員を抱える余裕などありません。最低必要人員を計算して配置しているため、従業員に欠勤されると日常業務に支障がるのと同時に、利益減少の要因になります。病欠による機会損失をなくすことは企業の利益に繋がるのですから、経営者として当然やるべきことなのです。


そして企業の健康プログラムの導入が加速されるのと同時に、サービスを提供する事業も成立します。そしてこの事業を行えるのは、決して大手企業だけではありません。「パーソナルトレーナー」として指導するのも可能です。


私のように、真剣に「鍛えるぞ!」と決意した人間にとって、このパーソナルトレーナーの存在はきわめて大きいものとなります。まずトレーナーと知り合いになれば、厳しいトレーニングを続けるモチベーションアップに繋がります。そして、自分では分からないトレーニングの目的やマシンの正しい使い方、食事の方法まで教えてもらえます。


大手に出来ない個人のライフスタイルに合った極め細やかな指導ができるのは、パーソナルトレーナーにとって大きな差別化となります。


ここで注意したいのが、マスを相手に低価格でサービスを提供しないことです。価格ありきの顧客は価格に左右され、価格の安いサービスを見つければそちらへ流れます。その様な人々には、長期的にサービスを利用してもらえる可能性が低くなります。ニッチな市場で活動するなら、理解してもらえる人にだけ利用してもらえばいいのです。



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2014年09月02日

You can't be that silly, can you?

アイスバケツチャレンジ。


寄附行為そのものを否定しないが、この風潮はおかしくないか?寄附行為は、自分が支援したいという思いの上、ひっそりと、継続的に実施するものだと私は思っている。


世の中に寄附先はいくらでもあるのに、こんなことして本当に自分の意思で行動しているのか?


著名人に踊らされ、これに賛同するということは、自分の意思を持たないに等しい。行列に並ぶ人々と同じく、生活においても完全に搾取される側とにいることを意味している。



「どうだ、やってみないか!」「お前も参加しろよ!」という著名人から、インパクトの強いパフォーマンスを見せつけられ、安易に賛同する。俄かに行動する人々に自分の信念や価値観はなく、流行や多数意見に流され続ける。まるで浮草のようだ。


そしてパフーマンスをしただけで、参加した気持ちになる。安易にSNS上で情報をシェアする人も同じ類いだろう。


それにしても、これはバンドワゴン効果とも思える上手い仕組みだ。


これが一過性のものだけに終わらず、来年の今頃も覚えている人が大勢いて、今後も寄附が継続されているかを見守りたい。


どうせ忘れ去られ、見向きもしないのだろう。


支援する団体はいくらでもある。あなたの純粋な?気持ちに水を差したくないが、自分の意思で選択したのなら、寄附を行い継続的支援を望みたい。


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posted by ヨッシー at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記