2014年02月26日

消費税分で優位に立てるフリーランス



消費税分で優位に立てるフリーランス

フリーランスの方はご存知かと思いますが、年間売上高が1千万円を超え5千万円以下の事業者については、計算を簡略化する目的で業種によって決められた、「みなし仕入」を利用することができます。
 

この制度を上手く活用すれば、顧客から徴収した消費税分の一部を自分の収入として充当できます。ご存じなかった方は、ご自身の売上と業務内容によりますが、この制度を活用されてみては如何でしょうか。
 

http://www.nta.go.jp/taxanswer/shohi/6505.htm
 

ちなみに、売上が1千万円以下の場合は、免税事業者に該当するため消費税の納税は免除されます。だからといって、消費税を請求しないのは間違いです。
 

課税対象となる商品やサービスであれば、顧客から受け取る代金の中には、必ず消費税分が含まれています。免税事業者ゆえに、消費税に相当する額を納付しなくてもいいだけなのです。
 

これにより、その分値引きが可能ですから、価格設定や交渉は優位に立てそうですね。




 
posted by ヨッシー at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 販売促進

2014年02月22日

これから起業する彼へ



これは私の持論だが、起業したいのなら、実績のない年長者の意見に耳を傾けるべきではない。聞いても適当に流しておけばいい。


先日起業願望のある方と話した時に思ったことである。


進むべき道に迷った際に意見を求めるなら、実績を出している人にしよう。実績のない年長者の意見に注意した方がいい。中にはいたずらに、馬齢を重ねた人もいる。


自分が相談する相手を間違えれば、意欲を削がれるだけだ。


彼らの中には正社員という立場があり、毎月定期的に給料を手に入れてきた人もいる。会社や店舗経営者にとっては、毎月定期的に給料が手に入るのが当たり前でないため、羨ましい限りではあるが・・・。


その代わりに、彼らは周りの人間関係のだけが気になり、自己保身のため自分の社内での立場を守るのが目的となり、頭を下げトラブルや揉め事から避けようとする傾向にある。


また、日々そのような環境に浸ると、組織の中だけで通用する理屈や業務内容を実行するだけで満足するため、リスクを取りチャレンジする必要もなくなる。もちろん経験することも少ない。社内の常識は世間の非常識である場合も多い。


彼等は自分の生殺与奪権利を会社側に掌握されており、非常にリスキーな選択なのに一つの会社に留まることだけが安定だと考えている。会社がいつまでも安泰である保障はどこにもなく、近年の企業の雇用状況をみれば明らかであるのに、過去の考え方のままでいる。


心の中にいつまでも肩書を持つ自分がいて、過去の成功体験や時代背景を語り、若者に説教じみた講釈を述べる。肩書をはずせば何もない、組織に迎合してきただけの人なのに偉そうにしている。フィットネスクラブに通う、定年退職した人の話を聞き尚更そう思える。


人は過去に生きるのでない。今を生きるのだ。過去の自慢話を持ち出したって、なんの解決にもならない。右肩上がりに成長してきた日本経済の中、会社のため滅私奉公しコツコツと働き貯蓄するだけで、資産が築けた時代に生きた人々の自慢話を聞くのは苦痛である。


1970年〜1980年代、郵便貯金の単なる10年定期預金の金利が、実に8%〜12%もあった。銀行の1年定期預金や日本国債も、金利5%超えなんて当たり前の時代である。


何も考えずに資産が増え続け、高齢化社会でなく、給料から引かれる年金もすごく安く、日本全体が成長していたため、給料も右肩上がり。現在、1億円以上の資産をもつ高齢者が多いのはそのためだ。


今は条件が全く違う。国内定期預金(5年物)の金利の高いところでも0.5%程度。こんなにも違う。スズメの涙ほどの金利である。現代を生きる若者にとって、羨ましい時代であった。そんな時代を生きてきた人達に相談できるか。


「勉強して資格を取り、コツコツと一生懸命働けば、きっといつかは幸せになれるよ」と、言われるのが関の山だろう。もし起業したいのなら、こうした人達の価値観や意見に耳を傾けるのは、意欲をそがれるだけで百害あって一利なしだ。


ただし、同じ会社でずっと働き続けてきた、忍耐力は見習うべきだと思が・・・。




かつて私が勤めていた頃の会社に、「我々はこうあるべきだ、こうしなければいけない」と、もっともらしい意見を述べていた上司がいた。


その上司と酒を飲みに行っても仕事の話ばかりで、少しも面白くない。私としては砕けた話をしたいのだが、全てにおいて無反応。また、すぐに仕事の話に戻る。


よく聞かされた話が、「我々は会社に労働力を提供し、その対価として賃金を得るのだ!」と言い、時には、「我々が会社のために何が出来るのか考えろ!」とも言った。その頃は若く、経験も知識もなかったので、「そんなものかな?」「この会社で頑張ろう!」などと、軽く考えていた。


しかし、その考えはお金儲けをする上において大変危険なものであった。まさしく、資本家と労働力者の関係の中で搾取されていることに何の疑問を持たず、人の下につくことに何ら抵抗を覚えない人の考えであった。


自分の時間を切り売りした結果の誇りか?プライドか?諦めと妥協か?


長時間拘束され、慢性的疲労とストレスを抱えた不健康な体と引き換えに、少しばかりの月給を受取り毎日働く。仕事の負荷は日々高まるのに、一向に生活は良くならない。


その環境に置かれた自分を、何の疑いも無く肯定する上司。今思えば異常だった。いや、会社にいる身としてなら、当然だったのだろう。


もし、あの時の考や、あの時の環境に置かれたまま時が過ぎていたとしたら、今の私はどんな人生を送っていたのだろうか?考えただけで「ゾッ」とする。


決められた会社組織の中だけで、やり甲斐を求めたいのなら話は別だが、そんな人達の考え方や思考が、起業したいと願うあなたにとって利益になるだろうか?むしろ、ブレーキになりはしないだろうか?もし起業したいのなら、こうした人達の価値観や意見に耳を傾けるのはやめにしよう。全く次元が違うし、百害あって一利なしだ。


意見や経験を聞きたいなら、実績のある人に聞いた方が身のためだと私は思う。


だが、経営者にとっても明日の保証など全く何もない。経営に失敗すれば、無職になるのはもちろん、無一文になる場合もある。それだけならまだマシで、借金を抱えていれば社会不適合者の烙印を押され、社会的制裁も待ち受けている。それが恐ろしいと考えるのなら、起業はやめることだ。


それでも起業したいと思うなら、とにかく実績を残し自分より稼いでいる人の話しを聞き、そこからヒントを得ることだ。Playerを経験しManagerになった人は強い。


年長者から経験がないからダメと言われるかも知れない。そもそも最初から経験なんて誰もできない。その気になれば、これから経験なんていくらでもできる。失敗し経験を重ねればいいだけだ。


最後に気を付けたいのが、最初からマス相手の起業セミナーや資格ビジネスに手を出さないこと。もしかして、参加費や教材を買わせるための戦略かもしれない。そんなものより、身近なオーナー社長の話を個別に聞いた方がためになる。


真実は個別に話す時に現れる。万能理論は存在しないが、自分を進むべき道の標となる可能性は高い。その人脈を作れるかどうかは、あなたのやる気と行動次第だ。


先日話をした起業希望の彼に、この言葉を捧げたい。



posted by ヨッシー at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる

2014年02月18日

経験者は語る



経験者は語る。


確定申告の時期がきました。経営者にとって頭の痛い時期でありますが、正しく申告・納税いたしましょう。


少しでも納税額を少なくしたいと節税を行っても、節税できる額はしれています。もし、大きな効果のある節税があったとしても、それはグレーゾーンかも知れないので危険です。脱税や無申告は論外ですね。



国税庁レポートの重点課題によると、無申告者について組織で積極的に取り組むとあります。税収不足の折、税務署は所得を捕捉できます。何の根拠もなく、自分は大丈夫だろうと考えない方がいいですよ。



例えば、銀行口座は10年間遡り調べられます。銀行口座を介した取引はガラス張りです。架空請求を行い現金を受取る方法も、何処で綻びがでます。板東英二さんの例が記憶に新しいところですね。これはババ抜きと同じです。また、ワイロや個人的支出など、支払先が分からない使途秘匿金には、金額に応じて40%を乗じた金額が課税されます。



巷で節税指南本や情報を目にしますが、あれを真に受けない方がよさそうです。中には使える方法もあるかも知れません。しかし、税務署に否認されれば終わりです。巷に情報として出されている時点で使えません。それとも是認されなかったと、情報発信者や著者に責任追求するのでしょうか。



最近、私の知り合いも(無申告)税務調査を受け多額の修正申告を行うことになりました。納付税額+無申告加算税、重加算税、延滞税など、大きなペナルティを受けます。



税額によっては、高級外車の数台は十分に買える金額になることもあります。そうなった時のダメージは相当のものです。



また、彼らは事務的でドライです。徴収のスペシャリスト軍団で、法という強い武器があります。あなたの人となりを見てくれや、経営に日々苦労している類いの感情的な話は一切通用しません。決定に従い、決められた金額を払うしかないのです。自分の不甲斐なさを嘆きながら・・・。



ざっくり言うと普通法人利益の約40%(細かい税率はお調べください)を税金として支払いますが、半分近くは残ります。それなら潔く申告し、残りを正々堂々と設備投資や内部保留しておいた方が健全です。



税務調査に怯えながら、帳簿を操作に腐心するくらいなら、そのパワーを稼ぐための方向へフォーカスすればいいだけです。正しく申告すれば、恐れるに足りません。



顧問税理士の選び方にも、慎重を要します。



提出した請求書や領収書を事務的に会計ソフトに入力し、決算書を作成するだけの方か、提出するものは同じでも都度指摘を行い、決算時期の結果を予想しアドバイスしてくれる方。あなたならどちらを選びますか。もう明らかですね。



では、どうやって探すのでしょうか。ネットや電話帳で調べるのはもちろんできます。しかし、前述の問題について見極める情報がない場合、どうすればいいのでしょう。



ええいっ!どこでもいいや!と諦めないでください。方法はあります。



身近な経営者に聞けばいいのです。彼らに聞けば気軽に教えてくれます。現在の対応や満足度を確認すれば簡単です。私もある方からご相談を受け、ご紹介した経験があります。



最後になりますが、私は何時も周りの協力者に、必ず申告・納税をするように忠告しています(当たり前ですけど)



同時に、「税務調査を甘く考えていてはいけませんよ」と、一言申し添えけます。



その効果あって、先日もある方は自主的に税理士に依頼されることになりました。



正しい節税を行い、決められた額を申告・納税するのが賢者です。気を付けましょう。


posted by ヨッシー at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | お金

2014年02月15日

目標に向かっているか?



今年も2月半ばを過ぎました。早いですね。


ところで、皆さんが年初に立てた目標の進捗状況は如何でしょう?


ちょうど今の時期が、中だるみや挫折し易い時期ではないでしょうか?


新しい行動や習慣を実践することなく、以前と同じ行動をし、同じ毎日を過ごし、同じ人と交わり、同じことを考えていませんか?


年初に立てた目標があったことすら忘れ、以前の自分のまま何も変わっていない。変わりたいのだが、面倒になり、今までの行動の方が楽なため同じ毎日を過ごしていく。


何も変わらない日々の中で、今が全てとなり変化を排除してしまう。そして理想と違う自分を正当化する。


変わりたいのだが、変わろうとしない。


そして、今年も終わり新年を迎えると、また以前と同じか新たな目標を立てる。また、次の年の同じ時期になり、実行していない自分を正当化する。それを毎年繰り返す。


やがて年をとり、さすがに体力的、精神的に衰えを感じる始める。変化はどうでもよくなり、完全に諦めてしまい、最後にできることといえば、責任の所在を外部に求めるだけ。出来なかった自分を正当化するため社会を怨み、変化した人々の成功を妬む。


そして死を迎える時、やらなかった自分に後悔する。


これではダメですね。


敵は外にいません。自分との戦いです。結果に対し、自分を欺くこともできません。


何故できないのか、何故やらないのか。


自分を叱咤激励し、管理監督してくれる人が傍にいればいいのですが・・・。なかなか、そうもいきません。


自分の考え方や行動を棚卸してみる。その結果、軌道修正する。できなかった場合は、自分自身にペナルティを与えてみる。第三者を交えてみるのも一つの方法ですね。痛みが伴えば、真摯に向き合えるのではありませんか?


2月は今までの自分を見直すいい時期だと思いますね。


たとえ1mmでも前に進む。諦めていては、何も変わりませんよ。



posted by ヨッシー at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年02月10日

躾のなっていない子供



躾のなっていない子供ほど始末に負えないものはない。


彼等は傍若無人に行動し、好き勝手なことをほざき、挙句の果て自分の思い通りにならないと、大声で泣き叫ぶ。自分の欲望を感情的手段で大人に訴える。


その騒々しい生き物は当然一人では行動できず、外出先では大抵保護者同伴である。保護者の責任として、彼等の言動に注意していなければならない。


しかし、その躾の行き届かない彼等の行動に対し、保護者も周りの迷惑も気にせず何も言わず知らん顔しているのは何故だ?まるで彼等の保護者であることを否定するかのような振る舞いで、自分の子供でないのかとも思える。


食事の際に遭遇すれば最悪である。


こちらとしては、静かに食事を楽しみたいのだが、その騒々しい声は私のパーソナルスペースに入り込んでくる。そこには他人への気遣いや遠慮などは全くなく、半ば暴力的に侵入してくる。


余りにも度が過ぎると、親になんとかしろよと言いたくもなる。でも注意する訳でもなく、全く知らん顔。


貴方に保護責任のある子供だろ?何故叱らない?何故周りに配慮できない?


何もしないのは、保護者として責任能力のなさを露呈しているに等しい。


私は子供だから仕方ない、子供は騒がしいものだと考えられない。躾の悪い他人様の子供を、そう思うことなんて絶対無理だ。


確かに子は宝であり国の財産であるのは認める。次世代を担う子供達を大人が守るのは当然である。しかし、ルールやマナーに違反する行為を許していい訳ではない。


彼らは、本能の赴くままに生きている。大人が矯正しなければいけない。


子供を公衆の面前に連れてくるのなら、キチンと躾してから連れて来て欲しい。躾のなっていない子供は動物にも劣る。


残念ながら、昨日そんな最悪の状況に遭ってしまった。


子供達は自分の自宅にいるが如く、テーブルの周りを動き回りとても騒がしく、大声で話している。食事している他の人達も大変迷惑そう。そんな人達にお構いなしに行動はエスカレートしていく。いずれ親が注意するだろうという我々の期待も虚しく、肝心の親は知らん顔。


それを見て私は、「また注意出来ない保護者がここにもいたか」「他人に気配りできなのか?」「この親にしてこの子あり」だなと思ってしまう。


自分の子供すら叱れない親に育てられた子供達は、これからどう育つのか心配になる。


これはたまらないと、私は静かにするように子供達に注意する。


効果あって子供達は静かになったが、相変わらず親は知らん顔。まるで注意されたことすらなかった様な振る舞い。何故そんな態度でいられるの?恥ずかしくないのか?


本当に可愛いのなら親が叱れ!我が子が全うに育つように、駄目なものは駄目と教えろ!公共心を叩き込め!何も言わず放任するのが愛情ではないのだ。


物事の善し悪しや、分別を教えるのが大人達の務めである。


仮に放ったらかしで、騒がしくする自分の子供を叱れない親がいたなら、代わりに他の大人が注意してあげなければならない。子供達のためでもある。


そんな私にも子供の頃はあった。もちろん、騒がしく動き、いたずらすることもあった。だがそんな時、遠慮なく他人から怒声が飛んできた。それは、とても怖かった。そして、叱られることにより、いけないことだと学び心に刻んだ。


子供の教育のためにも、近所にいる怖い大人達の存在は必要だった。大人の世界は厳しく決して甘くはないと躾られた。


自分の子を叱れない親はその子と同様に、自分自身も親から躾けられていなかったのだろうか?そう考えたくもなる。叱るのはルールやマナーなどを教え、他人を思いやる心を育てるために必要なもの。


これは、食事する店だけでなく、公共の場所でもよく遭遇する。


一部の人達だけかも知れず、中にはしっかりした親もいらっしゃるのは分かっている。しかし、残念な光景を目にすることの方が多い。


今、躾しないでいつする。年齢を重ね、思考や思想が固まった人間を矯正することは困難だ。こうすべきだ、そうあるべきだ、ああしなければならない、と言っても反感を買うだけである。


人は自分の思考や思想に意見されると反発したくなる生き物だ。他人に何が分かるのかと攻撃したくなる。自分に投影して考えてみると分かる。人の性格を簡単に変えることは困難だろう。


モラルやマナーは法律で縛れない部分において、社会生活を円滑に進めるためにあると思うのだが、それすら理解しない人達に何を言っても無駄である。


どうしても躾のなっていない子供達の姿を見たくないのなら、こちらから避けるしかない。


私はそのため、なるべく躾のなっていない子供達がいそうにない店へ行くようにしている。


確かに自分の子供は可愛いだろう。どんなに騒がしくしていも気にならないだろう。しかし、そう思えるのは貴方とその親族だけ。周りの他人様にとって、邪魔者でしかない。注意できない親の貴方自身も、同じ目線で見られているのだと分かって欲しい。


雷親父は何処へ行った?分け隔てなく社会のルールやモラルを、子供達に教えてくれる大人が少なくなったのか?それとも、行き過ぎた個人主義がそうさせるのだろうか?


他人に迷惑を掛けない、他人の気持ちを思いやる心が欠如しているとしか思えない。自分勝手な振る舞いの多さ。そんな人達は決して他国人の民度について言及してはいけない。


少なくとも私の目で見る限り、日本人でも駄目な人は駄目なのである。日本人だから〇〇で、外国人だから〇〇であるなどと言う、ステレオタイプな考え方は通用しない。


余りに腹が立つので思わず書いてしまいました。では、この辺で。






posted by ヨッシー at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる

2014年02月08日

数年前に修正申告を行った男の話 PART1



「税務調査現場での電子データの開示
について」


パソコンが安価となり、現在では中小法人でパソコンを導入していない会社は極々例外と言える程にパソコンは普及しています。



そのため、取引先へ送付する書類は電子データ化し、電子メールに添付して行うのが当たり前の状況となっています。


税務調査に訪れる調査官もその点はよく承知しており、調査の現場では事業者のコンピューター内の各種データや電子メールを見せるように事業者へ要求してくることも多くなってきています。


国税通則法74条の2第1項においては、調査官は「その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件(その写しを含む。)の提示若しくは提出を求めることができる」とされています。


この帳簿書類には、社内の電子メールも含まれます。 帳簿書類等の物件が電磁的記録である場合には、提示については、その内容をディスプレイの画面上で調査担当者が確認し得る状態になければなりません。

いつパソコンのデータ開示を要求されても困ることが無いように、私用のデータなどの整理整頓を日頃から行っておく必要があります。十分にご注意くださいね。


税務調査手続きに関するFAQ(一般納税者向け)





posted by ヨッシー at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | お金

2014年02月06日

政府の成長戦略



私は、政府の成長戦略に期待していません。



それは、大学卒業後ずっと官庁で働いてきた人ばかりで、自ら商いや投資をやった経験のある人は殆どおらず、そんな人々の書いたシナリオ通りに事が運ぶことが考え難いからです。



会社経営でも大変なのに、国を治めるなんて・・・。そもそも収入の仕組みが違いますから、言っても無駄ですね。



その方々にお聞きしたいのですが、Amazon、Google、Appleの躍進が事前に予測できたでしょうか?国内大手企業の凋落は?



次に何が来るかなんて誰にも分かりませんよね。



市場の中で新しい物が生まれては消え、その中で生き残った物だけが市場に残るのです。何が残るのかは誰にも分からないのです。



分からないものは市場に任せ、政府には成長戦略などせず自由な競争環境を整備して欲しいのです。そして、内需の大きい日本国内において、人口減少に早く対策を講じて欲しいものです。


posted by ヨッシー at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年02月03日

情報発信のリスク

 


情報発信の危険性

SNSが発達して便利な社会になりました。誰もが簡単に自分の思いや、会社の宣伝、伝えたい情報を簡単に発信することができます。しかし、簡単であるため落とし穴もあります。


先月も車でのスピート違反の動画を見た人が警察に通報し、動画をアップした本人と友人が逮捕されました。ラーメン屋で起きた事件も、未だに拡散された写真が残っています。


会社や組織の信用棄損や犯罪行為をアップすると、挙句の果て、警察や学校、所属組織に通報され、社会的制裁を受けてから初めて事の重大さに気付くことになります。今、社会に少なからぬ影響がでています。


SNSの特性を良く理解し、どのような影響を与える可能性があるのか。リスクを考える癖を身につける必要がありますね。


情報は世界中の人々に見られています。数多くの人を前に発信しても問題ないのか、少し立ち止まり、リスクを考えてからアップしたいものです。


過去において同じような行為でも、仲間内や限られた組織内において共有されるローカルな情報でした。仲間内だけでふざけ合い、笑い合い楽しみました。


動画の主人公の気持ちは分かります。私も若かりし頃、友人とスピード競争しましたから。でもそれは仲間内だけの秘密でした。親にも勿論内緒です。それでも十分満足でした。


昔と今の状況は大きく変わっています。現代のSNSは、とても簡単に瞬く間に広く世界中の人々で情報を共有できます。自分を認めて欲しい人達にとっては好都合です。


その反面、理解者でない人達の目にも曝されています。本人は軽い気持ちでも、悪戯で済まされない可能性が高いのです。悪戯を助長するつもりはありませんが、もし悪戯を楽しみたいのなら、仲間内だけで留めておきましょう。なるべく人に迷惑を掛けずにね。


しかし、リスクばかり考えると、当たり障りのないことばかりでつまらない。自己承認欲求が満たされなくなる可能性もあります。自分の価値観を認めて欲しい人にとっては行動が委縮し、苦痛になり、不満が蓄積されるかもしれません。



便利過ぎる時代だからこそ注意する

誰しも明るい面ばかりではなく、暗い部分や毒づく面もあります。ごく個人的なものであれば、そんなもの広く発信しなければいいのです。仲間内で会った時に話せばいい。


どうしても我慢できないのなら、匿名で情報発信する手段もありますが、仮面を被ったままで自己紹介しているようで嫌です。適当な答えしか返ってこない危険性もある。


こうなると何を発信していいのか悩みます。時事ネタ、食事、情報シェアの発信ばかりでは恥ずかしい。プライベートを見せるのは愚か者。旅行に行ったのは他人にはどうでもいいこと。他人の子供の成長など全く関心ない。かと言って、守るべきルールがあり、自分達が属する業界について掘り下げて書く訳にもいかない。


人生で、毎日幸せで充実し、格好良く、他人が聞いていて心地よい出来事ばかりが毎日起こるはずもなく、現実はもっと厳しく、辛く、醜く、薄汚れ、吐き気を催すほど卑劣で俗悪なものだと思っています。その中において、時には楽しく嬉しい出来事が起きるのです。


我々は、偽善と欺瞞に満ちた世の中で生きています。私もそうです。


色々考えると今書いているこのブログも、とてもつまらないものに思えて仕方がありません。


会社の代表として発信している以上、そのフィルターで見られています。


これでは息苦しくなるだけです。


どうやら潮時が来たようです。


少なくとも、発信する頻度は少なくなると思います。本当に書きたい内容は、備忘録として残しておくことにします。


それ以前にこのブログ、あまり読まれていませんけどね(笑)



posted by ヨッシー at 11:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる